願いの後先(8)
ふうっと一つため息をつきながら湯気の立つカップをそっと持ち上げた。
「あったか……」
なんだか休みたくて母さんに入れてもらったココアを一口つけた。
夕方突然尋ねてきたミリィの言葉に何とも言えず押し黙るしかなくて、そんな自分が何だか情けなかった。
「ミリィは強いな……」
ちゃんと前を向いて、歩いてる。
それなのに。
僕の心はまだ過去に囚われたまま、未来へと向けるのにためらっていた。
そのことにミリィは気づいていたんだと思う。
優しかったんだ、彼女は。
先の戦争で守れなかった人。
何度もごめんと謝る。守れなくて、ごめんって。
コーディネイターである自分を疎みながらも優しくしてくれた。
傷ついてる自分にずっといてくれた人。
偽りでも、それでも優しくしてくれたこと。
――――フレイ・アルスター。
『トールがいなくなってから、もう、5年……』
そう言ったミリィの言葉からもう一人の赤い髪の少女――フレイの後姿が脳裏を掠めた。
5年と言う長い歳月が経ち、先の戦争で亡くなった友人のトールとフレイがいなくなったという事実の重みを感じさせる。
フレイとは決して恋愛とかそう言う感情ではなかったけれど。
でも、今でも。
やっぱり、あの時のことを後悔しているのだ。
守れなかったこと。
自分が守らなければならなかったのに。
そのことを思う時、いつもラクスの姿も同時に思い起こされる。
毅然とした態度で、対等に受け入れ、そして背中を押してくれた人。
優しく見守ってくれている人。
そして、守りたいと思った人。
自分が帰ってくることを何よりも願ってくれた人。
それが、ラクス・クライン。
自分にとって大事な人であることには変わりはない。
それは嘘ではないことは自分でも自覚している。
でも、自分の中では。
過去に囚われて、本当の意味で未来を見ていない自分を。
あの真っ直ぐな瞳で見られることに恐さもあった。
ラクスは大事な人だ。
だからこそ後悔はしたくない。
大事だからこそこの手で受け止めた時に泣く顔なんてみたくない。
ラクスの嘘偽りないその瞳が、自分の本心を見抜いた時何と言うのか。
それが、恐かった。
そんな情けない自分にあのミリアリアの一言がじわりと心を侵食する。
『トールは忘れない。私の中にいるから。でもね、アイツのことも、―――ディアッカのことも好きな自分をようやく受け入れそうなの』
そう言った時のミリィの顔はやけにすっきりしていて。
『キラは今、誰を見ているの?』
ミリィの問い質す言葉が痛かった。
「え?どういう……」
なおもミリィははっきりとした言葉で問う。
「じゃあ言いかた変えるね」
毅然とした態度で僕を、見据えて。
「ラクスとフレイ。どっちを大事にしたいって思うの?」
不意打ちだって思った。
「…………ミリィ………」
「ごめんなさい。でも、キラはもう答えはすぐそこまできてるってわかってるような気がしたの」
「…………」
「フレイはあの時、確かに死んでしまった。キラは必死で守ろうとしていた、それは隣で見ていたからよくわかるわ」
あの時のことをふっと思い出したようにミリィは視線を遠い彼方へと向ける。
「フレイね、わかってたと思うの」
静寂が訪れる。この空間に二人しかいないように感じた。
「私のカンだけど、フレイはキラが必死で守ってくれていたことわかってたと思う」
「ミリィ………けど」
「うん、キラはそれがもしラクスでも同じことになってしまったらどうしようって思うんでしょ?」
瞳が力いっぱいに開いた。
そこまで、気づいてた――――?
「ラクス、わかってると思うよ。戦争が終わって、一番近くにいたのはラクスだったでしょう?」
一つ息を吐いて、紡ぐ言葉は。
「なんとなく、わかってるような気がするんだ」
くすっと笑って、今度は僕の顔を見つめた。交差する視線は、戸惑いの色。
「隣にいるからこそ、気づきたくなくても気づいてしまう。だから―――」
今、だから。
ラクスは戸惑っているんじゃない?
ミリィの一言に何かが飲み込まれたように感じたのと同時にガチャっとドアの開く音。
「俺も、そう、思う」
ドアの先には―――幼なじみであり、親友の。
アスラン・ザラが立っていた。