願いの後先(12)
「やあ……ラクス」
まさか本人がいるとは思ってもいなかったので、どうしていいかわからず視線が逡巡する。
こう、心の準備がまだしていない時に来てしまったのか。
明日ではなかったのか?
そんな想いが自分の中で駆け巡る。
「キラ、じゃあ俺は戻るから」
「あ、うん……」
「………」
「………」
アスランはそう言うとさっさとこの場から去っていってしまった。
突如この空間に自分とキラだけが取り残され、思わず俯く。俯く先には暗い廊下が影をそっと映していた。
もしかして、もしかしてじゃなくても。
先程の会話を聞いていたのではないだろうか。
そうだとしたら、私はとんでもないことをしたと苦虫を潰すような気分で黙る。
沈黙が続く中、それを破ったのは彼の一言。
「元気、してた?」
「……ええ。キラは?」
「うん……元気、だったよ……」
「そう、ですか…」
なかなか言葉が思い通りに続かず、自分の中でイライラが募る。
こんなことを言いたいのではない。
でも、素直に言葉には出せなかった。いわゆる意地というものがあるのかもしれないなと一人ごちる。
少し空いていた距離が彼が少しずつ前に出てきたことにより縮まる。
その足音は徐々に私のほうへと近づいてきて。
自分自身の手が届く距離まで立つと、彼はそっと私の手を取った。
「キラ?」
彼の意図が何なのか理解できず小首を傾げるも、彼はそのことを気にする風でもなく取った手を握る。
「こう言うことが言いたいんじゃないんだ。ごめん、ラクス」
そう謝罪の言葉を述べると掴んでいたはずの手をぐいっと彼の方へと引っ張られる。
引っ張られると引き寄せられた胸に収まり、ぎゅっと抱きしめられた。
一体何が起こっているのだろうか。
半分現実を受け入れられず戸惑うも、彼から伝わってくるぬくもりはあたたかくて心地よい。
「このまま黙って聞いてくれる?」
「キラ?」
「さっきの話、聞いてた。ごめん、ラクスに心配かけるようなことばかりして」
「…………」
「気づいてないって思ってたけど、わかってたんだね」
だから、ごめんね。
しんと静まり返る空間に彼の声だけが響く。
自分自身の言葉は沈黙に守れたまま、時は静かに動いているのを廊下で鳴る時計の音で感じていた。
「確かにフレイのことは今でも後悔してる。それが正直な気持ちだよ。届かなかった手を、自分自身を責めた。
守れなかったもの、たくさんあるけどでも守れたものもあるってこと気づかせてくれたの、ラクスだよ」
彼の口から出た言葉に思わず耳を疑うと、顔を上げて彼の顔をじっと見つめる。
「私、――――ですか?」
「うん」
「どうして?」
「僕は守りたかった。フレイのこと守れなかった分、みんなを、大事な人を守りたかった。守れたから今いるんだって思ってる。違うかな?」
問いかけに首を小さく横に振りながら、先の戦争のことが走馬灯のように駆け巡っていた。
「僕はね、あの時本当は死ぬつもりで戦場に出たんだよ」
「――――っ!」
彼の一言に思わず顔を顰める。
そして、やっぱりかと胸の中で呟いた。
「多分、生きて帰れないだろうって半分諦めの気持ちでいたんだ」
「キラ……」
「ラクスはあの時気づいてたんだね。ラクスが言った『帰ってきてくださいね』の一言に思わずはっとした」
「それは……」
言葉を続けようとすると彼の指が唇を遮った。
まだ、ダメだよ。
そう彼に言われているみたいで、言葉を継ぐことなく彼の次の言葉を待った。
「アスランもカガリも気づかなかったのに、ラクスは気づいた。その時に思ったんだ。僕は生きて帰って来たいって。
生きて帰ってきて、もう一度ラクスに会いたいって思った。会ってしゃべって、同じ時を刻みたいって」
「キラ………」
「僕の居場所はここなんだってわかったんだ……」
彼の長いまつ毛がふわりと揺れた。そっと静かに瞼を閉じて、またゆっくりと開いた。
あの時、彼の想いは何となく伝わってきた。
だから、死なせたくない。
もう一度あなたに会いたいのだとその一言に託したのを覚えている。
まさか。
でも、本当にそうだとは思ってもみなかった。
何かが自分の心に響かせ、その振動が身体全体へと広がり始める。
じわりと滲まれていくあたたかな想い。
自分はいつも怯えていた。
彼のこのあたたかなぬくもりがいつかなくなってしまうのかもしれない、と。
失うのが恐くて、ただひたすら逃げていたのだと、ようやく今理解した。
「僕の居場所は、ラクス、君の隣だよ」
はっきりと、そう彼の言葉が自分へと向けられる。
胸の奥が静かに熱くなり、言葉で表せないくらいの想いが溢れそうになった。
広がる熱さが自分の瞳の奥の熱を上昇させる。
「キラぁ……」
そう一言を発すると瞳から光るものが零れ落ちた。
どう自分の言葉を表していいのか、半分ぐちゃぐちゃの頭の中で必死で伝えたい何かがそこにあることを感じて。
愛しくて、大事で想いを理解し合える失いたくない、大切な人。
瞳から溢れ出る雫が止まらなくて、必死で手で拭う。
「ごめんね、ラクス……」
君のこと、一生守るから。
僕が、守るから―――――
そっと耳元で告げられる言葉に、ただ頷いて。
彼の大きな手が自分の頭を静かに撫でると彼の胸に額を押し付ける。
何度も何度も撫でる手が優しくて。
彼のシャツが濡れてしまうとわかっていても瞳から零れ落ちる雫は止める術なんて持っていない。
ただ、彼の想いが嬉しくて。
どうしようもなく、涙が溢れた。
彼の願いの先には自分も映っているのだと、その淡い紫色の透き通った瞳がそう告げる。
多分、だけど。
きっとこの日を忘れることはないのだと溢れる雫がそう告げたように、自分は感じていた。