願いの後先(11)





















夜の闇夜が照らす月は白く光る。
もう何度となく地球から見上げた星空。
ホテルのロビーは暗く、誰の姿も見えない。しんと静まり返る空間。底から見える星々。
自分の中の煮え切らない部分が落ち着くようで、少し目を細めて見つめた。


彼に対する戸惑いの理由なんて簡単だった。
自分の中に渦巻く想いが理由だってこと。
隣にいて、彼の想いに触れようとしても勇気が出なかった理由。
彼がここ数年間で心の中に潜んでいるその想いも、なんとなくわかっていたような気がする。
彼にあの時取らせた道が、後に重く圧し掛かっていたこと。
そしてあの時の涙の理由。



『キラっ……!』



と叫んでいた彼女の声。
理由はそれだけで十分だった。
先の戦争で亡くなった、フレイ・アルスター。
赤い髪の毛が印象的だった、彼の元、彼女だった。



私は傍にいれるだけで、生きているだけで良かったはずなのに。
いつの間にか彼への想いが募っていった。
地球へ訪れる度に彼に会えば会うほど。
別れる時が辛かった。
もし。
もし自分がいない時に彼に何かあったら、それを考えるだけできゅっと胸が締め付けられる。
いつからなのだろうか。
自分はこんなにも脆かったのかと痛感する。
そして彼は今自分を見てくれているのかもわからなかった。
一度だけ聞いてしまったあの言葉。
連日の仕事で疲れていたのか、遊んでいる最中、彼はベッドに横たわってこう呟いていた。


『……ごめ…ん…フレイ……』


あぁ、彼はずっと彼女のことが忘れられないのだと。
一生その苦しみから逃れられないのだと、初めて悟った。
私では彼を支えられないのだと突きつけられたようで。
それから自分の想いがどの矛先に向ければよいのか、わからなくなったというのが正直なところだった。
彼の彼女に対する後悔は消えることはない。
そして自分がそれ以上の存在になることはないのかもしれない。
そしてそれに気づいた彼が、もし私を拒絶するような態度を取る時に。
自分はどうなってしまうのかもわからなかった。


「想いは、積もれば積もるほど辛いのですわ……」


呟かれる声に答えるものはなく。
自分の言葉の空しさに少し俯いた。


「それは同感ですよ、ラクス」


はっとして後ろを振り返ると元婚約者が自分を見つめていたことに気づく。


「アスラン?」

「お久しぶりですね、ラクス」

そう言って彼はにこりと笑うとそっと自分へと近づいて来た。
カツン、カツンと靴の鳴る音。
徐々にその音が近づいてくる。

「いいのですか?こんなところに来て」
「カガリから許可は下りています」
そう言ってくすっと笑った。
「そうですか」
「はい」


「ラクス……ラクスは、キラのことどう思っているのですか?」


彼はじっと見据えて静かに呟く。


「アスラン?」

「あなたは気づいていたのですね。キラの心の中の葛藤が」

ふっと視線を下に向けると、自分もまた視線を下へと逸らした。
手が近くにある窓をそっと触れ、冷たい感触が手の先の熱を奪う。
静かな空間に自分の小さな声を吐く。


「……アスラン、私は愚かで醜い者です」


その言葉にアスランの瞳は見開かれる。思ってもない言葉だったのだろう。
普段、弱音を吐くことなんてない。
吐くとすれば、自分が弱いところを見せられる相手だけ。



――――キラだけ、だった。



だが、今は弱気になっているのかアスランに対して呟いてしまう。
きっと聞いて欲しいのだ。彼には言えないことを。
自分の胸に秘めていた想いを一つ一つ言葉を付け加えて呟く。


「どうしてですか?」

「彼を独り占めしたい、彼に愛されたいと隣にいればいるほど願ってしまう」

「それは誰しもある想いでしょう?ラクスだけじゃない」

「でも、キラにそれを願えばかえってキラは苦しみますわ」


そんなの、見ていたくない。
自分の想いが迷惑になってしまうなら、いっそのこと。




――――会わない方がいい。




だから、今回来ることは言わなかった。
もう自分を抑えるのは無理だとわかっていた。
積もる想いの行き先はあまりにも不透明でしかなく。
だから。
あえて、言わなかった。
このまま黙っていなくなるつもりでいた。
仕事だけ済まして、またプラントへ戻るつもりだった。

だけど、カガリから彼が来ると言っていると聞いて、戸惑うと同時にもう逃げられないとわかった。


「でも」

月は照らす。
ロビーに白い光を照らして。




「もう、覚悟は決めましたから」




静かにそう告げると、彼は「そうですか」と言って。



こう言葉を呟いたのだ。




「キラ」




と。



すっとその暗闇の先にぼんやりと浮かび上がるのは、


紛れもなく。






「……キラ……」





白い月の光に照らされる、彼本人。
呟く自分の言葉に、戸惑いの色が込められているのを自分自身自覚せずにいた―――。