ただ、傍にいたいだけ。
あなたが誰を想っていようと、私はあなたが好きなのだから。
だから、傍にいることを許して欲しいのです。

私はあなたを愛しています。











でるのは歌 act.7













ぼんやりとラクスは自室でベッドの上に膝を折り曲げて座る。
ラクスの手には小さなロケットペンダントがあった。
母と一緒に写る自分がいて、嬉しそうに笑っている、そんな写真。
あの日以来、キラと出会うことはなく、またラクスも考えないようにしていた。
ひたすら歌を歌うことで気を紛らわせたかったのかもしれない。
そんなラクスに気づいたのか、マリューは一週間の休みをラクスへ言い渡す。

「何を焦っているのかわからないけれど、少し休みましょう」

マリューの言葉にただ頷くしかできなかった。
きっと今までにないくらいひどい歌だったのだろうとラクスは思う。
それはラクス自身も感じていたもの。今までこんなことはなかったのに、とラクスは独りごちた。

「フレイ・・・ってどなたなのでしょうか?」

キラが言った言葉。
触れてもいいのはフレイだけだときっぱりと言い放った時のキラの表情は何か傷ついたような
悲しい表情を浮かべていたのをラクスは思い出す。
きっとキラの大事な人だ、それだけはラクスとてわかる。
だが、どうしてあんな表情をしていたのか、わからなかった。

「どうすればいいのでしょうね・・・・・・」

見つからない答えにラクスはただただ項垂れるしかなかった。
そうしてラクスはぱちんとロケットペンダントを閉じて机の上に置くと自分の部屋を後にした。

「ただいまー」

ラクスが自分の部屋を出たのと同じくらいにカガリが帰ってきた。

「おかえりなさいませ・・・・・・あら」

カガリの後ろにはアスランの姿があった。突然の来訪にラクスは驚きを隠せない。
ぺこりとアスランはラクスへ頭を下げる。

「すみません、ラクス。お久しぶりです」

「お久しぶりですわ、アスラン」

ラクスはにこっと微笑んでアスランへと言葉を返す。
アスランはカガリを見つめるとカガリは頷き自室へと入っていった。

「ラクス、あなたにお話したいことがあるんです」

「え・・・・・・?」

それが自然とキラのことだと解って、ラクスはきゅっと唇を結ぶ。

「じゃあ、こちらへ」

ラクスはイスに座るよう促し、アスランは腰を下ろした。ラクスはアスランの向かいに腰を下ろして座る。
いつにもましてラクスは緊張の色を見せていた。





その少女がキラと一緒にいる姿を見たのはかれこれもう三年ほど前の話だった。
アスランがキラの部屋を訪れた時、赤い髪の毛の少女はキラの家のソファに座って微笑んでいたのを覚えている。

「アスラン、彼女がフレイ。フレイ・アルスターだよ」

「よ、よろしく・・・・・・」

「あなたがアスランね。キラから聞いてるわ」

にこにこと笑ってアスランを見つめるフレイに、アスランがたじろいだくらいだ。
フレイ・アルスター。
キラの高校時代からの後輩で、何でも絵を描くのが好きなのだと言う。
そんな彼女は最近よくキラの部屋に出入りしているらしい。ほぼ同棲と言っても間違いではなかった。
アスランはキラを引き寄せて耳元で尋ねる。

「キラ、お前、大丈夫なのか?」

「何が?」

「彼女だよ。両親とかいるんだろ? お前の部屋にばっかりいて心配しないのか?」

「あ、フレイ? それなら大丈夫だよ。だって、フレイには両親いないもん」

「え?」

「小さい頃に母親亡くして、大学に入った頃に父親なくしてさ。
それで、最初親戚の家にいたけど、折り合いが合わなかったみたい。
で、おれは一人暮らしだし、あまり家にもいないでしょ? だからいいよって言ってある」

「あー・・・なるほどね」

アスランは漸く納得してキラから離れた。要はフレイに言い負かされたのだろう。
そして、キラのことだから困っていると手を差し伸べたくなる性格だ。
それでフレイにはここにいていいと言ったのだろうことは読めた。

「そ。だから、たまにフレイいるだろうけど気にしないでね」

「はいはい。わかったよ。じゃあ、今日は三人分ご飯をつくればいいのか?」

「あ、いいの? じゃあおねがーい♪」

キラは無邪気な笑顔を見せて踵を返すとフレイとおしゃべりを始めた。
アスランは一つ息を吐いて苦笑いを浮かべる。こうして見ているとキラの妹のようだとも思う。
まぁ、キラが楽しいのであればいいか、とアスランは思いながら冷蔵庫を開けて中身を見た。

「その時は俺も知りませんでした。まさかフレイが不治の病にかかっていたなどと」

「不治の病?」

「はい。何百万人に一人の割合の珍しい病気です。名前は忘れましたが、徐々にその人の体力を奪い、
次第には起き上がれなくなって人を死に至らしめるものです」

「まぁ・・・・・・そんな病気が・・・・・・」

「キラのその笑顔の向こうに潜む闇など、あの時の俺には見えていませんでした。それくらい二人は楽しそうにしていたのですから」


触れてもいいのは、フレイだけだ。


頑なに拒絶した小さな世界にキラはまだ囚われているのだろうか。
小さな暗い闇の世界に一人息を潜んで彼女を想っているのだろうか、そう思うと羨ましいような気がした。
そこまでキラに想ってもらえる『フレイ』が。

「大学二年の時だったと思います。フレイはもうその頃に起き上がることさえできませんでした。
とうとう病院で過ごすことになり病院に入院した数ヵ月後、亡くなりました。
19歳になったばかりで、キラがずっと手を握っていたのを覚えています」

埋葬はキラとアスランでやったのだと言う。フレイの親戚は誰も来なかった。

「初めてその時にフレイの境遇を理解しました。ずっと淋しかったのでしょう。
だから、キラは傍にいることを許した。アイツも産みの親はとうに亡くしていて、優しい叔母夫婦に引き取られていましたしね。
何となく気持ちがわかったのだと思います。それでもまだアイツの場合、優しい叔母さんたちがいたから良い方ですけど」

「そうでしたか・・・・・・」

「遺品を整理していた時に出てきたのが、一冊のスケッチブックでした。
そこにはキラだったり、俺だったり、とにかく楽しかった時の思い出がたくさん詰まっていました。
本当にキラのことが好きだったんでしょうね。一枚の便箋が挟まっていてそこに記されていた言葉はたった一言。
『ありがとう』、と。もっと言いたかった言葉あったでしょうが、フレイ自身、限界だったんだと思います。
よれよれの字でしたが、キラはこれを見て初めて泣きました。ずっと泣いていなかったのに」

「・・・・・・・・・」

「その日から半年以上、キラはずっと一人殻に閉じこもっていました。
ようやく人前に出られるようになったのは大学三年の始めです。
そこからはただピアノを弾き、そして自分でも作曲を手がけるようになってほっとしたんです。
でも、一つだけキラには変化がありました」

「え?」

「クラシック音楽を弾かなくなったんです。弾いてもジャズだったり、ポップスだったり。
あれだけ専攻で弾いていたはずのクラシックをフレイが亡くなったのを境に大学の試験以外では弾かなくなりました」

「どうして、ですか?」

ラクスは問いをアスランへと投げかける。アスランは困った顔をして口を開いた。

「・・・・・・フレイが死ぬ間際、よく聴いていたのがクラシックだったんです。アヴェ・マリアやアメージング・グレイスを」

「え?」

ラクスは驚いて目を見開く。この間、キラが伴奏してくれたのは『アヴェ・マリア』だったからだ。
どうしてあの時、弾いてくれたのか。

「驚いたでしょう? 先日のことはキラから聞きました。アイツ、『アヴェ・マリア』を弾いたそうですね」

「ええ・・・・・・でも、どうして・・・・・・」

「アイツはこうも言ってました。弾きたくなったのだと」


アスランはキラが真っ青な顔をしてアスランの家を訪ねた時のことを思い出した。
「キラ?」
アスランはキラの様子にぎょっとする。慌てて、家の中に入るように促すとソファに座るように言った。
キラは大人しくそれに従う。一体何があったのだろうかとキラに尋ねた。
「どうしたんだ?」
暫く黙っていたキラだったが、落ち着いたのかアスランを見つめるとキラは漸く重い口を開いた。


「アヴェ・マリアを弾いたんだ・・・・・・」


「え?」
「レッスン室でさ、ちょっと転寝してたんだよ。そうしたら、声が聞こえてきて起きたら彼女がいたんだ」
「彼女?」
「ラクス・クライン。彼女が歌ってたのは普通のレッスン用の曲だったんだけど、彼女の声を聴いて思い出したんだ」
「思いだしたって、何を?」

「フレイが好きだったCDがラクス・クラインのCDだったこと」

「あ・・・・・・」
それにはアスランも思い当たる。よく病室に流れていた曲を。
その歌声がまさかラクスだったとは。

「何でか、聴いてみたくなったんだ」

「それで、弾いたのか?」
アスランの問いにキラは小さく頷く。
「ドキドキした・・・これが、彼女との出会いがもっと早かったら、フレイにも聴かせてあげられたのに、そう思ったら泣きたくなった」
「キラ・・・・・・」
「泣いちゃってさ、彼女、びっくりしてたんだ。当然だよね。
優しいのかわかんないけど、僕の涙拭おうと触れたんだ。でも、僕、避けたんだ」
「キラ」
「怖かったんだ。フレイが一瞬消えそうな気がした。僕は覚えていなきゃいけないのに」
「キラ、それは」
「避けたら、彼女が泣きそうな顔してた。そりゃそうだよね、『触れてもいいのは、フレイだけだ』って言っちゃったんだもん」
「キラ・・・・・・」
アスランはそれ以上何も言うことはできなかった。
まだキラの胸の内に暗い闇が広がっている、そしてその闇はとても大きい。
改めてアスランはその大きさを認識した。

「でもさ、アヴェ・マリア、きれいだったよ」

キラはそう言ってアスランの部屋をあとにした。アスランはキラにかける言葉すら見つからなくて、ただ呆然としていた。
それが、数日前のこと。

「そう、ですか・・・・・・」

「ラクス、俺はキラのことを救えるのはラクスだと思っています」

アスランは真剣な表情でラクスを見つめる。
ラクスはその視線に瞳を射抜かれたような錯覚を覚えた。逸らすことのできない、真剣な想い。

「でも、私は・・・・・・」

「少しの間かもしれませんでしたが、でも確実にキラの中で何か変化が起きたのは間違いないんです」

アヴェ・マリアを弾いた、キラ。それを歌ったラクス。
キラの中で確実に何かが変わってきたのだ。

「俺がお願いするのもおかしいとは思いますが、アイツを、キラを闇から救ってください。
このままではアイツは一生闇から動けません」

「アスラン・・・・・・」

アスランの想いと、キラの想いをラクスは見つめて瞳を閉じる。
自分は何ができるのかわからないが。


「何ができるか、わかりませんが・・・・・・お役に立てるのでしたら」


ラクスはゆっくりとした口調でアスランへと答えを唇に綴る。
キラの、好きな人の役に立てるのであれば嬉しい、ただそれだけだった。


優しくも哀しい恋の歌は夜の闇にそっと溶け込んでいた。




























<<  >>