偶然と言う確率はそこまで大きいものではない。
むしろ確率的には低いだろう。
それでもその事象は起きるのだ。
なぜなのだろうと言ってもわからないけれど。
奏でるのは恋の歌 act.5
そういえば、とカガリとの会話の中に彼がアスランの幼馴染だと言うことを言っていたなとラクスは思い出した。
とりあえず改めて自己紹介を互いにすると、何か恥ずかしいものを感じてラクスは苦笑いを小さくこぼした。
最初、キラ・ヤマトに出会った時自分は泣いていたという事実を考えると余計に恥ずかしさを覚える。
それをいざ彼の口から聞くともなればラクスとて恥ずかしさ極まりない。
「へぇ、ラクスってばそんなこと言ってなかったぞ」
「言うわけがありませんわ。自分の恥ずかしいことは尚更です」
「まぁ、そうだけど。うーん、見てみたかったかも」
カガリがあまりに真剣な顔で言うため、今度はアスランが笑いながらそれに応じる。
「確かにラクスの泣く姿は見て見たいな」
「もう、アスランまで」
ラクスは口を尖らせ、却ってアスランは「ごめんごめん」と謝る羽目になった。
そんな他愛の無い会話を交わしながら互いの近況などを話し始める。
そしていつの間にかまたこのメンバーで食事をしに行こうとカガリの提案で、日程まで決まっていた。
ラクスは半ば呆気にとられながら二人を見つめ、その様子を小さく微笑んでキラが見守る。
不思議な光景だと思うと同時に、どうして自分は今この場にいるんだろうとどこか他人事のような瞳で見つめていた。
ラクスが一番他人と違う面は、当事者であろうとなかろうとその輪に入っていけないこと。
入っているはずなのに、どこか別のことを考えている自分にいつも気づく。その度に思うのだ。
素直に楽しめたら。
それができればもっと自分は違うのに、と。それは歌姫と言う宿命を背負って生きてきたラクスの切実な願い。
そうして他愛のない会話と食事とで夜は暮れて行き、気づいたら各々が自宅へと帰らねばならない時間となった。
席を後にして四人は風の吹くネオンの光が放つ外の街へと足を踏み入れる。
「じゃあ、アスラン。ここで」
カガリは店の前でアスランと別れの言葉を告げた。
「本当に送らなくていいのか?」
「うん。ラクスもいるし。ここからなら近いだろ?」
「そうだが・・・・・・」
「良いんじゃない? アスラン」
「キラ、あのなぁ」
「そんなに心配だったら送ってってもいいけど、それをしたら彼女たちは怒るんじゃないの?」
キラの言葉に思わずアスランは口を噤む。心配で仕方ないのだろう。
それが手に取るようにわかってラクスは苦笑いを浮かべた。
「う・・・・・・・・・」
「心配なさらないでくださいな。家に着きましたらケータイの方に連絡させますから」
「そうですね。わかりました。・・・・・・気をつけて帰れよ」
「あぁ、わかってるって」
カガリはにっと白い歯を見せて笑うとアスランもつられて笑みをこぼした。
ラクスはそんな二人を見つめ、少しばかり羨望の眼差しで見つめる。
互いを想う二人の姿。それはラクスにはないものの一つ。
誰もが欲しいと願い、そして誰とて手に入れるわけではないそれ。
「少しだけ、うらやましいですわね・・・・・・」
ラクスの声は誰の耳にも届くことはなく、ただ夜空の下闇の中に溶けてゆくだけ。
ラクスの瞳の揺れはごく小さく、そして誰にも気づかれることはない、そのはずだった。
気づいたのはその闇の色を知っている人。そして、ラクスが一番知って欲しくないその人だった。
「うらやましい、ね・・・・・・」
その声はラクスに気づかれることなく、静かな闇の中にこぼれ落ちる。
それはその闇を知っている人の言葉。
ぽつりこぼれ落ちた言葉は宛もなく彷徨っていた。
偶然、と言う言葉が重なることは早々ないはずなのに、ラクスは小首を傾げて目の前の人物を見つめていた。
どうしてこの人がここにいるのだろう、と言うよりもどうしてここで眠っているのだろう。
そう疑問を言ったところで返ってくる言葉はないことはラクスが一番知っていた。
つい数日前、練習の場を変えると言ってきたマリューにラクスは二つ返事で答え、場所はと尋ねたのがここ。
指定の時間よりも翔一時間ほど早めに着いたラクスは誰もいないはずのその場所に人がいて驚いた。
驚いたと言うよりもその言葉を通り越してしまっている。
なぜなら、その部屋のピアノの横のソファで寝ているのは、数日前一緒に食事をしたキラ・ヤマトだったのだから。
「時間まで確かに時間はありますけど・・・・・・」
この場所自体、レンタルルームの一室なのだから、こういう偶然もあるのかもしれない。
確認した時はラクスが借りる以外、今日借りる者の印はなかった。だから空いているとばかり思っていたのに。
先客がまさか『キラ・ヤマト』だとは。
だが、この偶然は喜んでいいのか悪いのか。
ここで起こして出て行ってもらうにしても話しかけにくいことこの上ない。
穏やかな寝顔を見せられては弱いと言うものだ、とラクスは一人胸の内で呟いた。
「困りましたわね・・・・・・」
肩を竦めてラクスはキラの寝顔を見つめる。
あ、睫が長いとどこか関係ないことを考えながら、そっとその手を伸ばしさらさらと流れる髪の毛に触れる一歩手前で止まる。
今、何をしようとしていた?
ラクスは胸の内に宿る戸惑いを隠せず、小さく首を振った。ただの好奇心、ただ・・・・・・それだけ。
ぴくりとその指は震えゆっくりと手を引っ込める。どうしてこんなことを考えてしまったのか、わからなかった。
触れたい、そう願ったのは紛れもなく今の自分の心だ。
どうしてと問われてもうまい言葉が見つからない。
訳がわからない。
この間からずっと。
キラ・ヤマトに出会ってから、ラクスがラクスじゃないような錯覚さえ覚えてしまう。
自分が自分じゃないなんて今までになかった。そればかりかこんなに気になる人も初めてだ。
「あなたは、どのような気持ちで弾かれるのでしょうね・・・・・・」
あの切ないメロディーを思い出しては小さく音を口ずさむ。
その本意が知りたい、願うばかりのラクスの想いが伝わったのか否か。
キラは形良い唇を小さく動かし、眉間に皺を寄せていた。
「フレイ・・・・・・」
ラクスは確かにその名を小さく呟いたキラの声を聴いた。
『フレイ』?
ラクスは首を傾げながらキラの瞳を見つめる。
キラはまだ瞳を閉じたまま。
ラクスの胸にはキラの呟いた言葉だけが反芻され、そして刻みつけていく。
刻まれた言葉はどのような意味を持つのか、この時のラクスは知るはずもなかった。
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