人は気になりだすとそれを拭うことは難しいもの。
一度気になってしまえばその視線は止まることを知らない。

もどかしいような、妙な違和感を覚える想いが胸の奥で小さな灯火となっていた。










でるのは歌 act.4









「あら、珍しいわね」

ラクスは差し出した歌詞のノートを目の前にいる作曲家であり、ラクスのよき理解者であるマリュー・ラミアスに見せた。
マリューは面白そうにその歌詞を一通り見遣るとそう言葉を口にする。

「そうですか?」

「ええ、あなたの曲ってどちらかと言うとサンクチュアリ・・・そう、『聖域』って感じなのよね」

「はぁ」

マリューの言葉にラクスは小首を傾げて言葉を返す。
言われていることがイマイチ理解できないと言うか。
小首を傾げるラクスを見つめ、マリューは苦笑いを浮かべた。

「あなたの歌詞はいつも言葉が綺麗なんだもの。だから驚いたの」

「え?」

「今回の歌詞はどちらかと言うと、少し苦しみと嬉しさが合わさった、身近に感じられるものだわ」

マリューの指摘に今度はラクスが思わず苦笑いで返した。
さすがマリューと言うか、単純にラクス自身がわかりやすかったのか否か。
自分でもさすがにこの歌詞を作り上げたときには驚いた。

「あなたでも普通の女の子の歌詞を書くとわかったらみんな喜ぶわよ」

くすくすと微笑むマリューは困った顔をしたラクスを見つめてこう呟いた。



「あなたを変える何かに出会ったのかしら?」



例えば、恋とかね。













最近ラクスの周りにいる人達は口を揃えてこう言う。
ラクスが変わったと。
どう変わったのかと問うたところで何となく、と言う答えしか返ってこないのだが。
それでも、やはり人から見てわかる変化は、自分としても恥ずかしいかなとラクスは思っていた。
一つの音との出会い、それがラクス自身を変化させるなんて誰も考えてないことだった。
それは本人が一番驚いている。

出会ってしまったのだ、その音に。

繊細で切れ切れのような音色が、ラクスの耳から離れることはない。
だからだろうか。
その音色に惹かれる自分がいることに戸惑いを覚えながらも、それを熱望してしまう。
その音で歌を歌いたいと願うのは歌人であるが故だろうと最初は思っていた。
でも、それが違うのだと少しずつ気づいてしまったのはどんなことがきっかけだったのか。
ほんの些細なことだと言うのに、こんなにも鮮明に覚えているなんて。
ただ、それはほんの一部分でしかないのだ。
例にも漏れずラクスは部屋でぼんやりしているところで、突然自分のケータイが鳴り、
着信音から察するにルームメイトであるカガリからだと言うことはすぐに気づいた。

「はい」

「ラクス? 今家にいるか?」

「ええ。いますわ。予定通り仕事は終わりましたので・・・・・・一体どうしたのですか?」

「いや、あのさ。今から出てこられるかなって思ってさ」

「今から・・・・・・ですか?」

「あぁ。疲れてるとか言うのならいいんだ。時間があるんであればちょっと付き合わないかなって思ってさ」

カガリの言葉にラクスは小首を傾げる。
今日はカガリが恋人であるアスランと一緒にコンサートに行った後、食事をすると言っていたような気がしたからだ。

「ええ・・・構いませんけど、今日はデートでは・・・・・・?」

「確かにそうだったんだけど、アスランの友達が急遽同席することになってさ。だからラクスもどうかなって思ったんだ」

あぁ、なるほどとラクスは頷く。
同席した友人のことを考えると数的にはもう一人加えたほうが良いという判断だろう。
納得したラクスは二つ返事で返すと急いでお気に入りのワンピースをクローゼットから取り出した。
プライベート用に買っておいた服が漸く着れると思うと心が弾む想いで。
それも仕方が無いこと。
歌がラクスの生きるべき指標であり、それが何よりも武器になる。
そしてそこから得られたものは大きく、また失ったものも多かった。
自由に街を歩けなくなったこと。
だが、歌うことで人々の心の癒しになれたのならそれも仕方が無い。

「急がないといけませんわね」

一人ごちると慌てて着替えてメイクを施すと、すぐに家を出た。
カガリ達を待たせては悪いと思うし、何よりも待ち合わせをした場所はいつもの行きつけの場所でもある。
軽いイタリアンのレストラン、カガリとよく二人で行く店で、オーナーとも仲良くしてもらっていた。
久しぶりにその店に向かうこと事態ラクスにとっても楽しみでもあったのだ。
ゆっくり家で過ごそうかなと思っていたラクスにとって思ってもみないハプニングではあったものの、
たまにはそういうのもいいかなと思う。
そう言えばカガリの彼氏であるアスラン・ザラには暫く会っていない。
アスランの友達とはどんな人なのか、ちょっとだけ興味が湧いて、そんな自分がちょっとだけおかしかった。



家を出てすぐに少し駆け足で大きな道に入り、雑踏を掻き分けると小さな小道がある。
その小道の先を進むと突き当たりにその場所はあった。
薄暗くなった街に合わせて店もまたライトアップされ、それが余計に雰囲気を作り出す。
いつかは好きな人ができたら行ってみたいと思う場所の一つでもあるここはラクスにとってのお気に入り。
ドアノブに手をかけて、ゆっくりと押すとカランとカウベルが鳴った。

「いらっしゃいませ・・・・・・あら、ラクスさん。お久しぶりですね」

「ええ、お久しぶりですわ」

オーナーの奥さんであるエリカがにこやかに応対する。
ここの夫婦、そしてその息子は温かい雰囲気を持っていてラクスの心を穏やかにさせた。
しいて言うならばこの夫婦こそラクスの憧れる家族像にそっくりでもある。

「カガリさんならもう見えていらっしゃるわ」

「と、思いました。いきなり電話が掛かってきたものですから」

「あら。それはお忙しいわね」

「本当に」

軽く肩を透かしてラクスが答えると、エリカが前を歩いて案内する。
少し奥ばった場所に通され、ラクスはその後をゆっくりとついていった。

「こちらです」

エリカに会釈をしてカガリを見つけると軽く手を振り、カガリもラクスを見つけ手を振った。
エリカは「それでは」と言い残すと厨房の入り口の方へと戻っていく。
その後姿を確認して、視線をカガリへと戻した。

「いきなり電話してごめん」

「いいえ。大丈夫ですわ。――お久しぶりです、アスラン」

「お久しぶりです、ラクス」

ラクスが顔を覗かせると、いると言われていたもう一人の人物が見当たらない。
小首を傾げながらラクスはカガリとアスランへ問うた。

「あら、もう一人いらっしゃると聞いていたのですけど」

「あ、今トイレに行っちゃった。もう戻ってくると思うけどな」

「そうですの」

小さく息を吐いて、少しばかりほっとする。
俄かに自分が緊張していたことに気づいてラクスは胸を撫で下ろした。
やはり初めて会う人というのは緊張するものだなとラクスは思う。

「あ、噂をすれば、だな」

そう言ってカガリの言葉に反応したラクスは後ろを振り返った。
刹那。
予想もしていない人を目にしてラクスは目を丸くする。


そこにいたのは。



「あれ、君・・・・・・」

「あなたは・・・・・・」



思わず声が震えそうな自分に気づいたラクスはぎゅっと手を握りしめて目の前の人を見つめた。
どうして、この人がここにいるのだろう。
ぼんやりと考えながらラクスは信じられないと心の中で呟いた。

「あれ、二人とも知り合いだったとか?」

カガリの言葉にその人は小さく頷いた。

「キラ、立ってないで座れよ。さぁ、ラクス」

「あ・・・はい」


アスランが口にした言葉。
それは、紛れも無く。




キラ・ヤマト、その人だった。




















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