背けたかったのはその事実から。
何もかもが嫌になって、自分が恨めしくて仕方なかったあの日。
どうして僕は君に何もしてあげられなかったのだろう―――。










でるのは歌 act.2








ポーンと白いキーを叩いて響く音色に小さなため息をついた。
明日までに作らなければならない曲があるというのに、一向に乗る気がしない。
ふっと窓の外へと視線を移し、カーテンの隙間から見えるビル街のネオンを見つめていた。
幻影のように窓の外に映し出される自分の姿にはっとして苦笑いを浮かべる。
自分の表情があまりにも無表情で一瞬だけ驚いた。
こんな顔をしているのかと、そう考えると一年前までの自分が嘘のようだと思う。


『キラの指、好きよ。長くて好き』


不意に脳裏に蘇るのはかつての恋人の声。
大事だった人。
傷つけたり、でも嬉しかったりと共に過ごした時間は少なかったけれど幸せだったのに。
その幸せを手放したのは自分。
だから、自業自得。
どんな理由であれ、彼女と共にいられなくなったのは自分のせいだと思えば思うほど苦しくて。
どうしてあの時手を差し伸べてあげられなかったのかと後悔の想いしかない。
自分の手のひらをまじまじと見つめると、再び鍵盤へと視線を移した。
こう言う時はがむしゃらに音を響かせることにしている。
何かを忘れるように、夢中でその鍵盤のキーを叩いていた。






キラ・ヤマト、23歳。
国立音楽大学卒、今若手の有望ジャズピアニスト。
20歳の時留学、それまではクラシックを得意としていたが留学後はジャズピアニストへと転向。
在学時に作曲の才能も認められ、以後ピアニストとして傍ら、作曲家としても活動する。
大学在学中、一度音楽の世界から消えたように見えた時期もあったが、復帰。
大学卒業後はコンサートと作曲活動を交互にこなしている。

ぱらりとページを捲りながら視線はその写真を見つめていた。

「あれ、ラクス。珍しく雑誌読んでるのか?」

そう言いながら同居人であるカガリ・ユラ・アスハはラクスへと持っていたマグカップを差し出した。
ラクスもまたそのカップを受け取り、カガリはラクスの隣に腰を落ち着ける。
ソファが少しだけ軋んだ。

「あ、今有名なジャズピアニストだろ。この人知ってるぞ」

「え?」

思いがけない言葉にラクスはカガリをじっと見つめる。
カガリはラクスの視線に気づき、飲んでいたマグカップを口から離した。

「いやな、アスランが以前言ってたんだ。俺の友人なんだよ、コイツって」

「あぁ、なるほど・・・・・・」

システムエンジニアをしているカガリの恋人、アスラン・ザラが言っていた言葉をカガリはラクスへと伝える。
カガリは以前コンサートに行ったと言っていたことがあったが、このことだったのかとラクスは理解した。
もともとラクスは歌姫としてステージに立つことが多い。
だからたまに話をしているけれど、上の空のこともある。でも、それを一番に理解しているのはカガリだった。
大学に進学するために一人暮らしをするぐらいだったらルームシェアをしないかと持ちかけてきたのはカガリ。
だからこそラクスもまたルームシェアを決めたのだけど。

「アスランの幼馴染なんだって。今度またコンサートに行くからラクスも行くか?」

カガリの屈託のない笑みにラクスは少し困った顔をして首を横に振った。

「私が一緒ではご迷惑をかけますわ。それに、万が一見つかってしまった場合にはコンサート自体ご迷惑になってしまいます」

「あ・・・そうだな。すまん」

「いいえ。その気持ちだけでもありがたく受け取っておきますわ」

ラクスは笑顔で答えると湯気の立つココアの入ったカップに口をつけた。
カガリはラクスを見つめながらにこにこし、ラクスはそんなカガリが気になったのか首を傾げる。

「どうなさいましたの?」

「いや。ラクスが他人に興味を持つって珍しいなぁって思って」

「まぁ。そんなに興味を持っていないように感じますか?」

「いいや。そういうことじゃないけどさ。いつも忙しいじゃないか。だから少し嬉しかったんだ」

にこにこと笑うカガリにあぁ、そういうことかとラクスは納得する。
変なところでカガリは聡いため、ラクスは繕うことさえ忘れてしまうことがある。
そう言うところで気にしていたのかと思うとラクスは何とも言えない想いに駆られて苦笑いをこぼした。
ちゃんと見守ってくれる強さがあること、だからラクスは頑張っていけるのだと。

「そういうところがカガリさんらしくて私は好きですわ」

「はぁ?どうしたんだ、ラクス」

訝しげな瞳でラクスを見つめるカガリに、ラクスはくすくすと笑って答える。
気にしないで下さいなと言いながらラクスはカガリの肩にこつんと頭を預ける。

「あぁ、そういえばこれ貰ったから聴くか?」

ぽんと片方の手をもう片方の手のひらに置いてカガリは思い出した言葉をラクスに告げた。
ラクスはきょとんと顔を上げてカガリを見つめる。
ソファに座っていたカガリは腰を上げて部屋に一度戻ると数分後またリビングに姿を現す。
そのカガリが手に持っていたのは一枚のCD。

「これは・・・・・・?」

ラクスが尋ねるとカガリはにっと口の端を上げてこう答えた。


「キラ・ヤマトのCD。興味持ったなら聴くかなって思って」


思わぬ形でその音に触れられたことは幸運なのかもしれない。






















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