幼子はここはどうだろうかと提案し、望美はただ促されるままにその場に腰を下ろした。
小さな寺の境内、雨風だけは凌げるであろうその場所はなぜか望美の心を落ち着かせる。
望美の傍らに座る敦盛に思わず視線を向けると、敦盛もまた望美へと視線を向けていた。
刹那、瞳が交わる。
「そなたの名前は何と言うのだ?」
不思議そうに見つめる敦盛に望美は静かに頷いた。
「―――私は・・・望美。春日、望美」
かみ締めるように自分の名を呟きながら、ここは本当に現実なのだと言うことを実感する。
戻りたかった時代に戻れず、逆に遡りすぎた時の中に望美の身体はあった。
さらさらと望美の髪の毛が風に揺れ、見慣れぬ髪型をしている敦盛の髪の毛も揺れる。
季節はきっと春。
まだ周りには黄色や桃色の花びらが揺れていた。
「のぞみか。のぞみはどうしてここにいる?」
敦盛は真摯な瞳を望美へと向けていた。
望美は一瞬たじろぐも、ゆっくりと言の葉を紡ぎ始める。
そう、私は、あなたに会いたかったの。
「どうしてなのかは私もわからないんだ・・・・・・気づいたらここにいた・・・・・・」
「では、ここにきたときのことはおぼえていないのか?」
「うーん・・・・・・あるような、ないような・・・・・・」
曖昧な口調で答える望美に敦盛はますますわからなくなったのか、眉間に皺を寄せる。
何か必死に考える敦盛に、一瞬だけ望美が知っている敦盛の顔が重なった。
いつだって、あなたは真剣に考えてくれていた。
「・・・・・・しいて言うなら私は必死だったってことかな」
「ひっし?」
「うん。大事な人を追って来た、そしてここに辿りついた」
「だいじなひと・・・・・・」
どこかぽかんと瞳を遠くへと向ける敦盛に望美は苦笑いを浮かべる。
まさか敦盛を追ってここまで来てしまったとは言えない。
どうしてこの時代に来てしまったのか、望美にはわからない。
もしかすると何か意味があるのかもしれないが、今の望美には検討がつかなかった。
会いたい、その気持ちでここに来た。
だったら、何かがあるのかもしれない。
「みつかるといいな・・・・・・」
「敦盛さん?」
「のぞみのだいじなひとだ」
「うん、そうだね」
望美は首を縦に振って答える。
幼い敦盛の瞳に映るのは色鮮やかな花の色。
望美もまたそちらへと視線を映して見つめていた。
『神子』
優しく囁くような敦盛の声が不意に蘇る。
労わるように、まるで壊れ物に触れるかのように重ねてた手。
そしてその手を離したのは敦盛自身の意思。
最後には笑って、何で私の言葉を聞いてくれないの、そう問うた瞳に答えたのは笑顔。
「会いたいよぉ・・・・・・」
急にこみ上げた『淋しい』と言う感情。
きっと皆心配しているだろう。
そして、時空のどこか遠くにいるであろう敦盛を想う。
『やはり神子は笑っている方がいい』
はらり、花びらが落ちるような笑み。
『あなたがいたから、私がここにいる意味もわかったんだ』
どういうこと、と望美の顔に書かれていたのだろう。
敦盛は小さく頷いて望美の瞳を見つめる。
『どうか、幸せに―――』
笑顔の後で形良い唇が告げた、優しくも哀しい言葉。
「私・・・あなたがいなくちゃ、幸せになんて、なれない・・・・・・っ」
急に泣き出した望美に幼い敦盛がうろたえる。
無理もない。意味が分からない上に、望美が泣き出してしまったのだから。
「のぞみ?」
「どうして、いつも、あなたばかり・・・・・・私、何のために、いるのよぉ・・・・・・」
堪えきれず涙が瞳から溢れ、望美の膝の上にこぼれ落ちる。
一人だと言う実感。
最後に見た敦盛の姿。
待てど待てど敦盛は帰ってこない寂しさ。
好きなのに。
ちゃんとまだ好きだって伝えてないのに。
「のぞみ・・・・・・?」
そっと望美の手に触れた小さな敦盛の手の温度に望美ははっと我に返る。
ごしごしと瞳を擦りながら隣に座る敦盛へと視線を向けた。
「ご、ごめんなさい」
望美の言葉にしばし間を置くと、ゆっくりと首を横に振った。
何も言わず望美の瞳を見つめて敦盛は言う。
「だいじょうぶだ。だいじょうぶなんだ」
何の根拠もない言葉に望美はまた泣きそうになる。
小さくても敦盛は敦盛だ。
それが分かって望美は苦笑いを浮かべながら小さな声で「ありがとう」と言葉を口にする。
答えはきっとここにあるのかもしれない。
敦盛が告げた言葉の意味がここにはある。
望美はその予感を胸に秘めて、空を仰いでいた。