どうしても願ったことがあった。
あたしはあなたに逢いたいと。
もう一度あなたに触れたいのだと願う。
一人現代に戻ってしまった自分が最初に願ったこと。
それは。
あなたがいる、それだけを願っていた。
戻りたい、そう願っていたあたしはいつの間にか白龍の逆鱗から放たれた光に包まれていた。
「きゃ・・・・・・っ!」
一瞬の出来事に思わず瞳を閉じて、ぎゅっと逆鱗を掴む。
その風に乗せられて、ふわり身体が包まれていた。
最初に瞳に映ったのは何てことない、緑生い茂る草の中。次に映し出されたのは大きな樹。
ゆっくりと朧げに開いた瞳は光遮る樹の幹を見つめていた。
「う・・・・・・」
突然のことだったから、とゆっくり身体を起こして、まだこの状態に追いつかない脳に刺激を与える。
ぽかりと頭を一つ叩いて「いたっ」と声を挙げた。
ぼやけていた視界がようやくその瞳と脳に追いつき、辺りを見回す。
きょろきょろと見回した先には大きな大木があった。
「わぁ・・・・・・大きい」
その木々の間から舞うのは咲き始めたばかりの桜の花びらだった。
春、なんだなぁ・・・・・・そんなことをのんびり思いながら望美は見上げる。
見上げながらようやっと身体を起こして辺りを見回した。
あれ?
見覚えがない景色に望美の意識ははっきりと覚醒し始め、もう一度辺りをぐるりと見回した。
ここ、どこ?
急に襲われる不安の色が望美の顔に深く刻まれる。
私は白龍の逆鱗を使って、一番最初に出会った時空に戻りたいと願ったはずなのに。
どうして、桜の花びらが舞っているの?
なぜ、と問うたところで望美の質問に返すものなどはいない。
きょろきょろと見回した先には見知っているものなど誰もいなかった。
「私、なんで・・・・・・? 本当に、ここはどこなの・・・・・・?」
望美の不安とは関係なく桜の花びらは日の光の中で咲き誇る。
俄かに望美の声は震え、誰一人知る者などいないその現実に恐怖を感じて両手で自分を抱きしめた。
どうしよう。
どうしよう。
半ばパニックになった頭をどうにか冷静にしようと望美は考えるも、一向に落ち着く様子は見えない。
どうすればいい?
どうすれば元に戻れる?
「どうすれば、いいのよぅ・・・・・・」
いつもの元気な望美の声とは裏腹にか細い声が、からからと乾いた喉を刺激していた。
一人という孤独に耐えられる自信は、今の望美にはなかった。
どれくらいの間その場に立ち尽くしていたのだろう。
望美は真上にあったはずの陽がいつの間にか傾き始めていることに気づいて一つ息を吐いた。
まだ空が茜色に染まるまでには時間がある。
しかし、今、誰を頼る宛などない望美にとって、どうすればいいのかなどわかるものではない。
ひとまず夜露を凌げる場所、そしてこの期に及んでも正常に機能する腹の虫をどうにかしなければならないとぼんやり考えていた。
「・・・・・・みんな、どこ・・・・・・?」
がくりと膝が折れ、望美は呟いた。
白龍。
朔。
譲くん。
九郎さん。
弁慶さん。
先生。
景時さん。
ヒノエくん。
将臣くん。
そして、敦盛さん。
「みんな、どこなのよぅ・・・・・・」
じわりと瞳に溢れる涙が頬を伝ってぽたり、ぽたりと落ちてゆく。
一人という実感がじわじわと足元から身体の先まで侵食していくような感覚を覚えた。
一人は嫌だよ。
寂しいよ。
ぐすっと鼻を鳴らして望美は止めどなく溢れる雫を止める術など持ち合わせていなかった。
俯いていたし、周りを気にかける余裕は望美にはなかった。
だから、わからなかったのだ。
一つの影が近づいていることに。
かさり、と音がして泣き腫らした瞳に溢れる雫をぬぐって顔を上げた。
そうして自分のすぐ近くに一つの影があることに気づいて影の先を辿る。
小さい幼子がそこには立っていた。
「だれ・・・・・・?」
じっと望美を見つめる瞳は誰かを彷彿させるようで。
でも誰なのかははっきりとわからない。
黙っていた幼子の口がゆっくりと開かれ、望美へと言葉を向ける。
「・・・・・・どうして、ないているのだ?」
「・・・・・・え?」
「そなたは、どうしてないているのだ、ときいている」
「あ・・・・・・、えと、友達と、はぐれちゃって・・・・・・」
戸惑いながら望美はその幼子にゆっくりと自分の状況を説明した。
いつの間にかここにいたこと。
みんながどこにいるかわからなくて、はぐれてしまったこと。
とりあえず、夜露を凌げる場所を探さなければならないこと等諸々。
小さな子にこんなことを言ってもわからないのに、と望美は一人ごちながらも、何かを言葉にしたかった。
恐らく寂しかったせいもあるのだろう。
誰かとしゃべることができるのはこんなにも嬉しいことなのかと望美は言葉をかみ締めていた。
「・・・・・・そうか。わかった」
「?」
望美は小首を傾げて、幼子を見つめてその動向を見守る。
「ちかくに小さなてらがある。・・・・・・くるか?」
「・・・・・・いいの?」
「だれかいるわけではないから、へいきだ」
「それに、・・・・・・にいっておけばだいじょうぶ」
「え?」
風が突然吹き荒れ、望美は幼子の言葉がよく聞こえなかった。
誰になんだろう。
とりあえず、こいと言う幼子の後をついて行くべく、望美は立ち上がる。
小さな幼子の後姿を見つめながら望美は、この幼子が誰かに似ていると思っていた。
誰かに似てるんだよね。
誰だったっけ。
「あ。そう言えば君の名前は何ていうの?」
ほら、呼びにくいじゃない?なんて言いながら望美は幼子に告げる。
幼子は振り返って言葉短く答えた。
「あつもり」
「え?」
「たいらの、あつもりだ」
「あ、つもり・・・・・・?」
衝撃の事実が告げられ、望美はまじまじと幼子を見つめる。
突然跳んだ時空の先に待っていたのは。
自分の見知っている人がいない世界。
そうして幼子の口から告げられたのは彼の人の名前。
春の嵐が望美に更なる試練を与える。
ただただ言葉を失って、望美は幼子――敦盛を見つめていた。