心音6 


かすかに風に流れてくる音色に、オケ部のOB、OGは気づいた。

「あれ。誰弾いてるんだ?」

誰かわからない呟きに、すぐに答えたのは火原。

「香穂・・・・・・ちゃん」

その言葉を汲み取って隣で歩いていた王崎は「あぁ、日野さんか」と頷いた。
王崎の言葉も然ることながら、その音色をすぐに感じ取った火原はすごいというか、のろけかと誰しもが思う。

「火原ぁ、お前のお姫さんうまくなってない?」

お前置いてかれるぞ。
笑って言う友人に火原は「かもしれない」と頷いた。

「はぁ?冗談だよ。冗談」

「ううん。そういうことじゃないんだ。ただ、香穂ちゃんは自分で思ってるよりも音をたくさん奏でてると思うんだよね」

「火原、言ってる意味がわからん」

すかさず返す、友人の突っ込みに火原は頭を抱える。

「んー。あー。おれそういうの説明するの苦手なんだよー。思ったことを言ってるだけなんだけど・・・・・・」

火原が友人の問に対して唸っていると王崎が助け舟を出した。

「要はこう言うことじゃないかい?日野さんは日野さん自身が思っているよりも自分の中にある、思い描いている音を奏でてる・・・・・・かな?」

「そう、そうな感じ!」

火原は頷きながら王崎の言葉に同調した。

「おれはよく音よりも気持ちが先走ってるけど、香穂ちゃんは違うんだ。ちゃんと音と気持ちが合ってるんだよ」

火原は必死で話をする。それを見ながら友人はこう呟いた。

「あぁ、そうか。その時々の感情をうまく音に表してる・・・ってことだな」

「そうそう。そう言うこと」

にこやかに笑いながら、火原は頷く。それを見て友人達は苦笑いを浮かべる。
全く、さっきまでの暗さはどこに行ったんだか。
朝、集合した時から火原の様子がおかしいことは誰もがわかった。
妙にそわそわして、落ち着かない。
落ち着かないことはいつものことだが、変にかみ合っていない。
多分、それが彼女とのことだということも誰もが理解していた。

さっきまでの落ち込みから一転して笑顔か。

すごいもんだな、彼女の力は・・・・・・。

王崎は呟くことのない言葉を一人ごちて、ヴァイオリンケースを持ち直した。
もうすぐそこまで来ている。
玄関口に現部長が立って待っていることに気づいて、少しだけ足を早めた。



「先輩方、お待ちしていました!」




かすかな音色は止むことなく、流れていた。











音色の調べに誘われるように、その階段を静かに上がった。
音色はまだ止むことなく流れ、と、同時に流れる感情がどう表して良いかわからなくなる。
本当は待とうと思った。
どうせ時間になれば降りてくる、その時に話をしようと思っていた。
けれど。




「火原・・・先、輩?」

不意に呼ばれた自分の名に、火原が振り向くと笙子が立っていた。

「あの・・・火原先輩・・・・・・」

おずおずと丁寧に話し始める笙子に「うん?」と相槌を打つ。

「香穂先輩のところに、行ってあげて、ください・・・・・・」

「冬海ちゃん?」

「香穂先輩、淋しそうでした・・・あの、私が言うことじゃないってわかってますけど、でも・・・・・・」

笙子は顔を真っ赤にして言う。
それが初々しく感じるのはどうしてだろう、と火原は思っていた。

「忙しいと思うんです・・・でも、一言だけでも声を、かけてください・・・・・・あの、えっと・・・私・・・私余計なこと言ってすいません!」

そう言うと笙子は顔を真っ赤にしたまま自分の部屋の方へと踵を返して走り始めた。
いわゆる言い逃げ?と火原は頭の中で思う。
けれど、笙子の言葉は何よりも今、一番痛い言葉だった。
あまりにも正論で、逃げられない言葉。

淋しそうでした・・・・・・

笙子の言葉を聞いてから、火原はうんと頷く。
火原は友人達に声をかけると、ちょっと出かけてくると言い残して、その音色の方へと足を向けた。
その火原の様子を友人達は見つめ、くすくすと笑い、やっぱりね、と誰かが言葉を漏らしていた。

階段を上ぼっている最中から音が変わる。
曲が変わったからだった。
その音を聞いて思わず足を止めた。





――――――『ロマンス ト長調』・・・・・・





*続きます。