「あれ。火原先輩」
思いがけず、ばったりと街で出くわした土浦梁太郎が呟く。
香穂子達が合宿に旅立って一週間が経とうとしていた休日のことだった。
「あっれー?土浦?」
「何で火原先輩がここにいるんですか?」
だって、合宿のはずでしょう、やんわりと言って火原に疑問をぶつける。
「何で、知って」
「日野から聞いてますよ。日野も今頃合宿でしょう?」
「まぁね。おれの場合は今日帰ってきたんだけどさ」
「へぇ」
土浦の態度に多少棘があるせいかちょと火原はむっとして土浦に返す。
「土浦は何が言いたいわけ?」
その火原の態度を見て、何だ、気づいたのかと思う。
こういうことに対しては意外と鈍い火原でもわかったらしい。
まぁ、少しだけ言っておくか。
おせっかいかなと思ったが、日野が落ち込んでると笙子も伝染したように悲しそうな顔をするからだと土浦はごちた。
「火原先輩」
「ん?」
「日野に連絡してますか?」
「・・・・・・メールだけ」
やっぱりか、と思って一つため息をついた。
火原の気持ちは何となくわかる。
多分自分でブレーキがきかなくなるとか、そういうこと考えて結局かけられないんだろう、と。
「日野、落ち込んでますよ」
「え?」
「声が聞きたいって。でも電話していいかわかんないって」
「何で・・・・・・」
「学校でサッカーの練習してた時会ったんですよ。その時言ってました」
「そう・・・・・・」
「火原先輩のことだから、話し始めると止まらないとか、そう言うこと考えてるんでしょう?」
土浦に思いがけず痛い所を突っつかれた。変なところ、勘が良いよなと火原は思う。
「・・・・・・そうだよ。おれ、話し始めると止まらなさそうなんだ。それで香穂ちゃんのこと考えてあげられないかもしれない」
はぁ、とため息をつきながら火原は観念したように言う。
誰しも考えること。
相手のことを考えるがあまりに、身動きが出来なくなった。
それが、今の自分の状態だということに火原は気づいていた。
「でも、それは誰でもあることなんじゃないですか」
きょとんとした顔で土浦が言うのに対し、そんなことを言うのかと火原は驚きを隠せないでいる。
それをすぐに理解した土浦は苦笑いを浮かべ、だってそうでしょうと続けた。
「俺だって思いますよ。表には出しませんけど」
そう、きっぱりと言い切る土浦が、すごく土浦らしいと思う。
自分がそうであるように、土浦にもそう思う時があるのか。
「先輩、日野に電話してあげて下さい。電話が出来ないなら会ってあげて下さい。じゃないと、困る」
「何で土浦が困るのさ」
少し不満そうに火原が土浦に訴えるも、土浦はそれを気にしないようにさらに言葉を続ける。
「伝染(うつ)るんで」
「なん・・・・・・あ」
火原にも理由はわかった。
一人だけ思い浮かぶ人物がいる。人のことを同じように心配してしまう人を。
最近ではおどおどした雰囲気はなくなったが、それでも心が繊細なのだろう。
その人の為に涙を流してしまうくらい、感情移入の強い子だから。
――――冬海笙子という子は、そんな感じの子だと火原の中での答えは理解を示した。
「だから、お願いします」
その土浦の声に今度は、しっかりとした瞳で土浦を見た。
「わかった」
これで大丈夫かなと土浦は思いながら火原と少し談笑した後に分かれた。
明日、合宿場所に向かうと最後に付け加えてそれぞれの道へと歩いた。
しばらくは笙子の落ち込んだ顔を見なくてすむかな、と思ったら安堵の色さえ顔に浮かべてしまう。
我ながら、ここまで彼女に心が占領されていることに気づいて、少し顔を赤らめた。
その顔色は他の人からは見えない。
紅い夕焼けが、辺り一面を覆っていたから。