03. 思い出
重なり合う

「そう、あれはまさに衝撃的な出会いでした」

加地が語り始めると長いのはわかっていたけれど、香穂子は思わず苦笑いしながら火原と顔を見合わせた。
形式的な挨拶が終わると、加地の話は始まったのである。

「公園で一つの音色に惹かれ、気づけば足が動いていました。ヴァイオリンの音色が聞こえ、その先にいたのは日野さんでした」

加地が初めて香穂子と出会ったのは高校二年の春だった。
その頃香穂子はコンクールのことでいっぱいだったのを覚えている。必死にヴァイオリンと向き合っていた時だった。
でもその時は香穂子にその記憶はない。ただ一方的に加地が日野の存在を知っただけ。
本当の意味で知り合ったのは高校二年の秋、季節外れに転校してきたのが出会いだった。

「何と言うんでしょう、自分が追い求めていた音で、ああ、自分が欲しかった音を持っているこの人はどんな人なんだろう、そう思いました」

『僕は君の音に惹かれて転校して来たんだ』

最初、加地に言われた時驚いたと同時に、なぜ、とも思った記憶が蘇った。
加地の転校によって香穂子の生活もめまぐるしく変わり、変に注目を集める結果となったのは言うまでもない。

「その音に惹かれて僕は星奏学院へ転校したのです。そしてこともあろうに、日野さんと同じクラスに転入することになりました」

『初めまして、じゃないかな。よろしく、僕、加地葵です』

隣の席に座った加地に香穂子はぽかん、と見上げていた。
しかも転校してきた理由が自分だとは思ってもいなかったため、それが判明した時には周りの女子から随分と色んなことを言われたような気がする。

「日野さんの音色はとても澄んでいて、惹かれます。一言で片付けるのはすごくおこがましいのはわかっていますが、
言うなれば『人に聴かせる音を持っている』とでも言うべきでしょうか。
自分の理想の音、それがまさに日野さんの音なのです。一度聞いてみるとわかります。
ああ、ここにミューズが降り立った、いや、ミューズというよりも女神かもしれない、間違いなく僕はそう思いました。
彼女が路上でもし弾いていたら、間違いなく一度は足を止めて聞いてしまうでしょう。そんな音を彼女は持っているのです」

加地は褒め称えるように言葉を次々と口にし、周りはそれを見て笑っていた。
香穂子は何だか恥ずかしすぎて穴があったら入りたい・・・と思いながらちら、と火原を見上げる。
火原もまた笑いながらも、香穂子の視線に気づいたのか視線を香穂子へと向けた。

「すごいね、加地くん」

「恥ずかしすぎます・・・」

うう、と唸る香穂子に火原は続ける。

「でもさ、加地くんって香穂ちゃんの音好きなんだなぁって思うよ。その気持ちはおれも同じだし」

「だけど、やっぱり慣れない・・・・・・」

「そう?」

「はい」

火原と香穂子の会話を他所に加地はスピーチを続ける。

「昔からああだったじゃない」

「言われる身にもなってください・・・」

恨みがましい瞳を火原へ向ける香穂子はいつもと変わりない表情。

「そんな素敵な日野さんなので、火原さん、日野さんを泣かせたら僕らが抗議しに行くんでよろしくお願いします」

どっと笑いが起こり、火原は自分が名指しされたことに苦笑いを浮かべながら「それはないから!」と返した。

「日野さん、火原さん、二人ともお幸せに」

以上、日野さんの友人代表、加地葵でしたと笑う加地にたくさんの拍手が贈られる。
火原も香穂子も笑いながら加地に拍手を贈った。

加地からのお祝いのメッセージは、恥ずかしさと嬉しさが混ざり合って、胸の奥が少しだけ痒くなる。
それでも幸せにと言ってくれた加地に香穂子は視線を送り、『ありがとう』と呟いた。




加地にスピーチを頼んだ時点で終わりだと思うんだ。
きもい加地を書いてという要望のもと書いてみました(どうかしら?むしろ普通になった)
私がかける範囲内の加地です。ちなみに私の中できもい加地は褒め言葉ですから(笑)