近づく足音に息をひそめた
何やってるのよ、私。
自分の行動に不可解さを感じるも、でもそうしてしまったことは仕方がない。
なぜか前方から聞こえてきたその声に反応し、身を潜めた。
隣にある自販機の音がウィィンと鳴っている。
彼の声が響くその廊下に出ることが出来ず、黙った。
笑い声と話す声が少しずつではあるが近づいてくる。
静かに、でも確実に。
その足音だけに神経を集中させていた。
どうしてそんな行動をするのか、ただ、普通に話せばいいのに。
ドキドキと心臓の鼓動は静かになることはなく、自分に落ち着かせるよう心の中で繰り返した。
それでも、近づく足音と声に息をすることすら忘れそうな自分がいる。
なんで、こうなっちゃうの。
変よ、私。
はぁ、とため息をついたところで足音と声が急に止んだ。あれ?と首を傾げるとひょいと後ろから声がかかる。
「奈瀬?」
間違いなく、彼本人のものだった―――――。
「きゃぁっ! い、伊角くんびっくりするじゃない!」
「そんなに驚くなよ。・・・・・・何やってるんだ?」
「・・・・・・ジュース買いに来たのよ」
「の、割には何も買ってないみたいだけど?」
「・・・・・・・・・・」
恨めしげな顔をして彼を見つめる。
「ん?」
彼が私の顔を覗き込もうとした時、それを遮る声が二人の間を制する。
「伊角さーん、まだ?」
和谷の一声に彼は振り向くと「今行く」と声をかける。
「ほら、和谷が呼んでるわよ」
急かすように言うともう一度私のほうへと視線を向け、じっと私を見据えた。
その視線だけで鼓動は早くなる。
でもその視線を逸らすことなくじっと彼の顔を見つめると、すっと彼は視線を退けた。
「伊角・・・」
くん?と最後まで言葉は続くことなく、気づいたら彼の手が私の額に触れる。
「熱はないんだな」
簡単に、触れないで。
距離が短くなれば、その分だけ期待してしまうから。
フクザツな乙女心を気づくような人には見えないから、言えないけど。
あなたの仕草一つで、こうも私は振り回されてしまう。
けれど、彼はそんなこと知るはずもない。
「な、ないわよ」
どもりながら答えると、彼はあっさりと頷いた。
「そっか」
「うん」
その答えに相槌を打つ。
気づかれたくない。
今はこのままでいたい。
だから平然を装いながらも大丈夫だということをアピールした。
それでも。
でも、そんな私の想いに気づいて欲しいと願う心もある。
「じゃあ、俺行くから」
「うん。また後で」
「じゃあな」
そう言ってまた彼は和谷と合流して歩き始めた。
少しずつ遠ざかる足音を耳を澄まして見送りながら、心中はすごく複雑な気分。
足音だけで、その遠ざかる声だけでわかってしまう。
鼓動が早くなり、自分が自分じゃないような錯覚にさえ陥る、そんな私がすごく嫌で。
「伊角くんの、バカ・・・・・・」
気づいて欲しい。
でも、気づかないで欲しい。
小さく呟く言葉は決して彼に届くことはないけれど。
どうしても呟かずにはいられない自分がいて、またため息をついた。
終
*あとがきと言う名の言い訳*
スミナセ一人祭り(笑)第一弾、テーマは「恋を自覚する奈瀬」です。
ほとんど奈瀬の一人称でしたが。院生時代の二人ですね。
場所は棋院です。奈瀬がようやく自覚し始めた頃の話。
奈瀬の心が伊角さんの行動に振り回されっぱなし、そんな感じかな。
この話は続きます〜。次は本編軸あたりの話。
>>5.淡紅の花が咲く