こぼれる程の嘘からたった一つを掬い上げて
「もう、私ダメかもしれない」
初めて強気な奈瀬の態度が崩れた、そんな瞬間を目の当たりにした。
久々に勉強会にやってきた奈瀬が、一人みんながやっているのを見つめているのに気づいた。
最初は何やってんだ?と小首を傾げたが、あまり気にしなかった。
けど、なぜか気になり、声をかける。
「奈瀬、やらねーの?」
「ん。私はいい」
「ふーん?」
「和谷もやってきなさいよ。私のことなんて気にしなくて良いって」
「俺も、いい」
「ふーん?」
そうしてまた皆がやっているのを見つめていた。
その瞳に昔のような輝きが見えない。
そう言えば、と思い出した。
『どうだろな』
苦笑いを浮かべて答えた伊角さんの言葉が不意に過ぎる。
以前、棋院で奈瀬がトイレから出てくる姿を見つけた時に質問した俺に対する答えだった。
『奈瀬、今年は大丈夫なのかな』と問う言葉に、少し戸惑いの色を見せていた。
「奈瀬、ちょっと外いかねぇ?」
誘うと、いいわよと一言呟いて立ち上がった。
外の風は少しだけ寒さを増していた。もう秋の夕暮れ。
もう秋も半ばを迎えようとしていたのをこの風で少し痛感していた。
「なぁ、奈瀬」
「ん?」
「お前、どーすんの?」
院生、もう残りないだろ。
そう言外に匂わせると、そうねとぽつり呟く。
「あたし、だめかもしれない」
奈瀬の口から出た言葉は諦めにも似た言葉で、俺は、そんな言葉を言うなんて思っていなかったから、言葉を失った。
意外な言葉をまだ飲み込めずにいて、自分の方がかえってひやひやしてしまった。
「何だよ、それ」
やっと言えたのはそんな言葉。
「言葉の通りよ。ダメっぽい。正直な話、迷ってる」
このまま続けて良いのか。
院生卒業しても碁をやるのか。
一つずつ吐き出される言葉に、奈瀬自身も気持ちを持て余していることに気づいた。
焦りはダメだってわかっているのに、焦ってしまう気持ち。
わかるからこそ、その先の言葉に躊躇う。
「碁はやらないってことか?」
「そうかもね」
あっさりと頷く言葉に違和感を覚えた。
そしてその気持ちはどこに向いてるのかさえ理解する。
「嘘だな」
「え?」
「奈瀬は碁がやりたいんだろ。やめたくないんだろ」
「和谷・・・・・・」
「やめるなよ。来いよ。俺ら待ってる」
「限界かもしれないのに?」
くすっと自嘲気味な笑みを浮かべて、でも顔は笑っていなくて。
何となく寒さを感じた。
「お前はそんなこと思ってないだろ?それに・・・・・・」
思わず言葉を詰まらせて、その先を言うかどうか躊躇った。
この言葉を言えば、多分奈瀬の方が躊躇するとわかっていたから。
「伊角さんにも言われたんだろ?」
奈瀬の表情が一瞬だけ曇った。
何でって顔をして、俺をじっと見つめていた。
俺も目を逸らさず、その双眸を見つめる。
「――――・・・和谷っていじわるだね」
すっと視線を逸らして、彼方遥かへと遠くを見る。
その瞳に宿るのは葛藤。
迷いたくない、それを信じて歩けたらどれだけ幸せなのかもわかっている。
だからこそ、怖かった。
それを続けられなくなった時、が。
辛いのは今更だ。
いつだって迷う。
勝てるからこそ、勝つ楽しみを知っているからこそ困る。
良い碁を打てたときの快感は計り知れないから。
「お前の中にはいつだって碁があるだろ?やめるなよ、やめたら俺らだってつまらない」
「え?」
「お前来ると面白いんだよ。特に伊角さんの反応がな」
苦笑いして奈瀬を見た。
そう?なんて少し泣きそうな顔をして、でもその視線は俺に向いてはいないことくらい知っていた。
「私、碁が好きなの」
「うん」
静かに言う奈瀬の言葉に一つずつ相槌を打った。
「この間もね、進路調査用紙にどう書くか迷ったの。やっぱり碁がやりたいから」
「うん」
「私・・・・・・碁をやっててもいいんだよね?」
切なる問い。
やらないなんて、やめるなんて嘘。
本当は、やりたくて、続けたくて仕方ないから。
「あぁ、もちろんだ」
そう言うと、「ん、ありがと」と言ってくすっと奈瀬が笑った。
終
+あとがきもとい呟き+
うーん、書けてるかな、自分が書きたかったこと。
っていうのが私の一番の感想です。正直半分と言ったところが本音かな。
現段階ではここまでしか書けません。今はまだ無理ですね。
ここが限界点・・・・・・うう、情けない。
要はですね、苦しくてもやりたいってそう願って続けるってことなんだけど。
奈瀬が初めて本音を呟く部分。伊角さんには言えない部分。
でも伊角さんのことだからわかってるんだろうけど。
うーん、難しいなぁ・・・・・・。
>>25.悴むきみの手に吐息をひとつ