悴むきみの手に吐息をひとつ












いつも繰り返し問う言葉。

どうするべきなのか、答えはわかってるはずなのに、その決心がつかなくて。




そして。





今日までやって来た―――――。












吐く白い吐息が空を切る。
はぁっと息を吹きかけたその手に小さなあたたかさを感じるも、またすぐに冷たくなる。
寒くなり始めた季節は、心に冷たい風を吹きつけていた。
暗がりの中公園のベンチに座り込むと、そっと暖かい缶を差し出す手が現れる。



「奈瀬」






「―――伊角くん」










何でここにいることがわかったの?と小さく呟くと、「何となく」と答えが返ってくる。
らしくて、くすっと笑った。
いて欲しい時に、いつもいる人。
それが、彼・・・・・・・・・。




プロ採用試験に不合格でまた、今年も終わる。
去年も、その前も。
いかにその道が厳しいか、よくわかっていただけに、やっぱり少し切ない気分でいた。
でも、どうしても、やっぱりこの道を進みたいって思うから。
勝てるから、つい思ってしまう。



―――次は勝てるかもしれない、と。



そんな淡い気持ちを抱いてしまう自分に苦笑いしてしまう。
もうそろそろタイムリミットだってこと、わかっているのに。
何度辞めようと思ったことか。
その度に、やっぱり碁が大好きなんだと知ってしまう。



「奈瀬・・・・・・」


「わかってるのよ。もう、私、タイムリミットだもの」


淋しく笑いながら、でもね、と言葉を付け加える。


「でも、この間の結果で少しわかったような気がする」


「何が?」


「私、やっぱり碁が好きなんだって」


「そうだな、俺もやっぱり碁が好きだ」


「うん、だから・・・・・・だから、やっぱり・・・・・・」



言いかけた言葉に喉を詰まらせた。
これ以上、自分を保つ自身があまり無い。
コトと鳴った缶をベンチの上に置く音が静かに響き渡る。
やっぱりダメだった、と嘆くより。
やっぱり碁が好きなんだと気づくことの方が大きかった。


好きだからこそ、諦められない。


勝てるからこそ、辞められない。


碁を捨てることなんて、私にはできないってことわかってるから。




「チャンスは・・・・・・あるよ」


「うん、・・・・・・わかってる」


「俺、待ってるから」



静かに響くその言葉に、泣きそうになって顔を崩し、俯いた。





『待ってるから』






諦めるなとも、普通の言葉はないのが彼らしい。
院生を辞め、そしてもう一度戻ってきた彼には、私の気持ち、少しはわかるから。
その言葉に黙ってこくりと頭を縦に振る。


院生としての採用はなかったけれど。
また次がある。
まだ終わってはいないってコト。


道は一つじゃないってこと、わかってるから。






だから。








「私、院生卒業するね」


「・・・・・・うん」


「でも諦めないから」


「うん」


「だから、待ってて」






「わかった」





そうして一息ついて。




「待ってる」



と確かに言った。
静かに白い息と共に言葉は溶けていくのを感じながら一筋の涙を流した。
きっと明日にはいつもの私でいられるから。


いつもこのままじゃ悔しいじゃない。


みんなから置いてきぼりを食らうのはもう、ここまでにしたいから。
ごしごしと涙を擦って、しゃんと前を向くと、その先には彼の真剣な顔があった。


「帰ろうか」


そう言って差し出した手に、一瞬胸のどこかで詰まるような感じを受けながらもこくん頷いて手を握った。
マフラーから漏れる吐息が白く濁らせる。
まだ季節は初冬を迎えたばかりで、薄手のコートが風になびく。
それでもどこかあたたかさを感じるのは握られてるその手と手。


ずっとこの手を繋いでいられるだろうか。


そんなことを思いながらちらりと覗いた彼の横顔を見つめ、一つ息をついた。





きっと、終りじゃない。




まだ、先はあるのだから――――・・・・・・・・・

















*あとがきと言う名の呟き*
ここは絶対に書きたかった部分です。私の中でのスミナセの最大の課題。
奈瀬を院生で受からせるのか、それとも違うのか。
結果はこうなりました。やっぱり奈瀬の実力とかを考えるとその方が妥当かなぁと。
伊角さんとそのままの関係でいてほしくないから、
ある意味ここでの気持ちのけじめが欲しかったんだと思います。
碁のこと、好きな人のこと。
この後の展開は大体読めると思いますが・・・・・・まぁ、楽しみにしていて下さい♪
ここがある意味分岐点でしょうね、私がヒカ碁で書きたい部分の。









>>10.かたち現る前に拭い去れば