アスファルトの上の白昼夢














暑い夏がやったきたなぁとぼんやりと頭の中で思う。
熱がアスファルトを反射してさらに地面を熱く焦がしていた。
棋院までの道のりは少しだというのに、その距離がなんだか恨めしい。
汗をじわりとこめかみに滲ませ、歩く。
幻かと、思った。
いるわけない、ってどこかで思っていた。
別にいてもおかしくないはずなのに、どうしてかそんなことを思った。
ぼんやりと熱が帯びるアスファルトの先には見覚えのある人。
思わず名を呟く。


「奈瀬・・・・・・」


小さな声で呟いたというのに、意外にも彼女は反応するかのようにこちらへ振り向いた。
そうして大きな声で呼ぶ。


「伊角くん!」









「なぁに、もうだらけてるの?」

奈瀬は呆れた顔をして自分を見つめた。
木陰に移動し、奈瀬から差し出されたハンカチで汗を拭う。

「別にそう言うわけじゃ・・・・・・」

「ほら、しゃきっとしなさい。しゃきっと」

奈瀬はからからと笑いながら自分を見つめていた。

「こんな夏もあと少しなんだから・・・・・・」

そう言った奈瀬の一言に遠退きそうだった意識が不意に戻される。
なぜか気になった一言。
別に気しなくてもいいだろう言葉だというのに、なぜか引っかかる。

「奈瀬?」

「ん?」

あまりにも笑顔で答えるから、何も言えなくなった。
いや、ここは突っ込むなと言うことだろう。
きっと、この先も、この夏は絶対に帰ってこない。

「・・・・・・いや、何でもない」

「変な伊角くん」

くすっと笑って、その笑顔がどうしても引っかかって。
不意に奈瀬の腕を掴んだ。

「どうしたの?」

今度は本当に驚いたように自分をじっと見つめる。
わかってる。
本当に言いたいことは。


ここではその一言は――――。


言葉で表せないから、ぐいっと奈瀬の腕を引っ張り、腕の中に収めた。

「い・・・すみくん?」

「いいから」

「何よ、気になるじゃない」

腕の中にすっぽりと収まっている奈瀬が抗議をするもその言葉は耳から遠退いていく。
通り過ぎる生暖かい風に乗せてふっと和谷との会話を思い出した。



『奈瀬、あまり調子よくないのな。アイツ大丈夫かなぁ』



あの時は大丈夫だろ、と返した一言。
でも、どこかで引っかかっていた、その言葉。

『大丈夫』

それが言えればどんなに楽なのか。
そして――――・・・・・・


『こんな夏もあと少しなんだから・・・・・・』


二度と同じ時は戻ってこない。
そして、タイムリミットまで、あと少ししかないことを言外に奈瀬は匂わせていたのだろう。
気づいて欲しい、けれど気づかないでと不安な心が露になる。


「奈瀬」

「ん?」

「行くか」

「・・・・・・ん」

腕を離して、二人とも立ち上がる。木陰を離れ、またもと来た道を歩き始めた。
熱く照り返しの強いアスファルトの上を歩きながら、うっすらと上がる歪みを見つめる。
ぼやける視界。
見えない先。

「伊角くん」

今度は奈瀬が自分の名を呼ぶ。

「うん?」

「私、後悔だけはしたくないの」

「うん」

「だから、見てて」

「うん」

「最後まで、見ててね」

「うん・・・・・・」


戻ってこない、夏。
二度と同じ時はやってこない。
だから。





二人で並んで歩く。
久しぶりに並んで歩いたその道のりを多分忘れることはないだろう、と思う。
熱さと、ぼんやりと浮かぶ心を、それを抱えて歩いたことを。

向かう先には自分達の追い求めるそれがあるから。













*あとがきと言う名の呟き*
暑い夏が終わりました。今年の夏は異常だった・・・・・・。そんなことを思い出しながら書いてました。
熱いアスファルトの上はぶっちゃけ思考回路がぼんやりとしてしまいます。
奈瀬のちょっとした葛藤と、思わず口に出してしまった本音。
それに気づいてしまった伊角さん。
暑い夏のそんなヒトコマです。白昼夢のように目の前に現れた奈瀬を見て何を思ったんですかね。
それにしても、私が書く奈瀬は可哀想かな。ずっと葛藤してばっか(ごめん〜〜〜(汗))
あ、もちろん恋人未満ですよ。でもある意味確信のある二人(笑)






>>23.こぼれるほどの嘘から、たった一つを掬い上げて