八番目の小夜子〜言霊伝ひ〜
4.サヨコの存在 2








あなたにとってのサヨコはどんな存在なのかしら?





「そう、佐野先生が。よく覚えてたなぁ。ね、秋」

「俺らの印象、よっぽど強かったんだろ。まぁ、あの時は津村もいたしな。いろんなことしでかしたし」

「そうだったねー。あー、懐かしいなぁ」

団地近くの喫茶店に行きましょう、と玲は梓に促し、梓は小さく頷いた。
隣にいた男性――関根秋もまた二人についていくようにその後ろを歩き、喫茶店に着くとコーヒーと紅茶を頼む。
慣れているのか、マスターである初老の男性と若い女性は二人に何やら少し話しかけていたが、
梓にはそんな言葉もまともに受け取れるほどの余裕は持ち合わせていなかった。

「で、サヨコだったっけ?」

「あ、はい。潮田さんが六番目のサヨコだと佐野先生が教えてくださったんですけど、六番目は複数いるって」

梓はごくりと唾を飲み込んだ。

「それ以上は教えてくれなかったんですが、サヨコは複数いたんですか?」

「あー・・・六番目はね、少し複雑なんだ。ね、秋」

玲に話を振られ、秋は思わず曖昧な笑みを浮かべていた。
秋を見つめ、玲は梓を見据えると静かな声でこう呟いた。



「私はここにいる関根秋の鍵を奪ってサヨコになったの」



「―――え?」

それはどういう意味なのだろう、梓は頭の中が真っ白になり、おず、と視線を玲へと向ける。
玲はくす、と笑って梓を見つめながら言葉を続けた。

「私、サヨコに憧れてた。だから、秋がその鍵を持ってるってわかった時うらやましかったの。
でも、秋は興味がないって言う。だから私にそれをちょうだいって言って貰った」

「だから、複数なんですか?」

「そうじゃないんだ。もう一人、六番目のサヨコに選ばれていた人がいたの」

玲の言葉を秋は継ぎ、さらりと流れるような声音で秋が話を続ける。

「津村沙世子、その年、西浜中に転校してきた少女もまた六番目のサヨコだったんだ」

「二人に鍵があったんですか?」

「そう言うことになるね。でもその年はニセモノのサヨコがいたりと大変だったんだ」

秋は玲へと目配せをする。うん、と頷いた。

「サヨコは誰もが憧れるもの。ヒロイン、ヒーローになりたいと思うものの表れ。
でもね、サヨコは大切な何かを持っている存在でもある」

「大切な何か?」

「サヨコはいる、そう信じる人もいれば、サヨコはいないと信じる人もいる」

サヨコの存在はその人が信じるか信じないか。
玲は梓を一瞥する。

「でもサヨコを信じると言うその気持ちは誰にも変えられないし、何よりも大切なものを得たって思ってるの」

「大切なものって何ですか?」

梓の質問に玲は秋と視線を交わすとふわりと微笑んで答えを告げる。
それはあまりに簡単で。

「その大切な何かを見つけるのがあなたの仕事よ。―――八番目のサヨコさん」

「え?」

梓は耳を疑い、玲を見つめる。その瞳は優しいながらもどこか芯があり、梓はごくりと唾を飲んだ。
何でわかったんだろう。

「今・・・・・・」

「あなたの目を見ればわかるわ。そしてあなたは何かを成し遂げるために私たちのところへ来た、そうでしょう?」

こくりと梓は頷き、黙って水で喉を潤す。だが、いくら水を飲んでも喉はすぐにからからと乾いた。
つきん、と喉が痛む。

「もちろん正体は誰にも言わないわ」

くすくすと笑いながら玲は流れるように言葉を口にした。
隣にいる秋は黙ってコーヒーに口をつける。

「サヨコの答えはあなたが見つけなきゃ。サヨコはあなたに何を訴えているのか」

「何かを訴える?」

「あなたの感じたものをサヨコに伝えるの。あなたはサヨコがいると信じているのでしょう?」

かつて自分がサヨコになるためにやったこと。
サヨコを通じて皆に訴えたこと。
―――そして、得たもの。

「信じているのなら、あなたは見つけなければならない」

「それがサヨコの意味、ですか?」

「そうとも言えるし、そうでないとも言える」


きっと答えはあなたの中にあるのよ、そう言って玲は小さく笑った。



暗くなる闇の中、梓は一人家路を歩く。
明日からするべきこと、サヨコというのは何なのか。
答えはすぐそこにあるような気がしてならないのに、まるで霧の中に答えは埋まっているかのごとく、先行きは不透明だった。

きっと、サヨコはいる、それを信じて。






「懐かしかったね」

玲は梓の背中を見送りながら小さな声で呟いた。

「・・・・・・サヨコ、か。まだ続いてるんだな」

「続いてるよー。そうじゃないと意味ないじゃない」

「まぁ、そうだな。そのために教師目指してるんだろ?」

「うん。あと二年もしないうちに教育実習かぁ」

「教師になれるのか、玲」

「そういう秋は弁護士になれるわけ?」

お互いの瞳が交差して、思わず二人とも同時に笑う。
懐かしい記憶、思い出の数々が二人の脳裏を過ぎっていた。

「あ、そうだ。お母さんがご飯食べに来なさいだって。最近ユキも遊びに来ないから淋しいみたい」

「んじゃ、お邪魔させてもらうかな」

変わらぬ会話、変わってゆく日々、お互いの関係も少しずつ変化してゆく。
だけどあの日に得たものだけは玲の中にも秋の中にも変わらずあることは確かだった。

星が瞬く夜の空の下、二人の影が寄り添う、そんな日のこと。
サヨコは少しずつ形を変えて、その人の胸に刻まれてゆく。












+あとがきもとい呟き+
かなり久しぶりの更新です、申し訳なく・・・!
玲と秋の登場はこれにて終了・・・かな。
次から動き出します。とうとう八番目のサヨコが。