どうすればいいのかなんてわからなかった。答えはずっと出ないまま。
でも、今のままで良いとは思えなかった。
だから正直に話をすることにしたのだ。たとえどんな反応が返ってこようとも、それでいいと自分でそう思った、そのはずだった。
少なくてもそれで良いと判断したのは自分。この気持ちに嘘はないはずだった。
「御坂」
一週間ぶりぐらいに会う美琴の姿はいつもと違っているように見えた。それもそのはず、上条に声を掛けられたと同時にその身体はコチコチに固まってしまったのだ。こんなに緊張した美琴は見たことがないくらいに。
「な、何よ」
「そう構えるなよ。言い辛くなる」
「しょ・・・しょうがないでしょ! 私はいつもこうよ! 何か文句ある!?」
勢いよく返す美琴に上条は苦笑した。顔を紅くしながら美琴は必死に答えるのだが、美琴が必死になればなるほど上条は自然と冷静になってくる。皮肉なもので、逆に上条自身、自分に対してこんなにも冷静になれる自分がいるのかと内心驚いていたのだが、それを顔に出すことはない。上条は出た答えを口にする。
「別に文句はねーけど・・・そんなんだとちっとやりにくいっつーかさ」
「だって・・・・・・」
唇を尖らせて文句を言う美琴はいつもの美琴のように見えた。上条は小さく笑いながら「あのさ、」と言葉を続ける。
美琴は答えを聞きたいような、そうでないような複雑な想いを抱いていた。それは当たり前の話である。自分の気持ちと相手の気持ちが必ずしも一致はしない。上条は恋愛云々には鈍いし、多分言われるまでずっと気づいてなかっただろうと美琴でさえ思う。
「お前ってホントある意味せっかちっつーか、見てて飽きないよ」
こぼれた苦笑いに美琴は複雑そうな表情を浮べた。褒められてるのか否か、よくわからないからだろう。ごくりと喉を鳴らして美琴は上条の言葉を待った。多分この間の答えだと言うことは嫌でもわかる。頭の中はすっかり真っ白になっていた。
「俺さ、お前と話するのは嫌いじゃないし、普通の女子に比べたら話しやすいなとは思う」
「・・・・・・そう」
「好きか嫌いか、と言われたら前者だって言うことも自覚はしてるんだ」
上条はぐっと自分の手に汗を滲ませた。正直、こういうことには慣れていない。カミジョー属性とか色々と言われてるけど、正直な話、ラッキーだと思ったためしはほとんどなかった。あ、ラッキーとか思った先には必ず不幸が待っている。
だから真っ直ぐに言われたのは初めてで、上条自身も嬉しくないわけがなかった。
でも、と上条は思う。
「けど、お前が思う好きと俺の思う好きは違うと思う」
さあっと風が二人の間を通り抜けて行った。あまりにも爽やかな風で一瞬美琴は言葉をなくしたほどに。きっぱり、さっぱりとした声はどこか澄んで聞こえたような気がした。
―――ああ、やっぱりね。
最初から分かっていたことだと美琴は小さく笑った。こうはっきり言われると逆に開き直れるのかもしれない。
ショックかと言われたらちょっと違うなと美琴は自分自身の気持ちに向き合ってみる。
ちゃんと受け止めた上で、上条ははっきりとした答えをくれた。
本当は本音を聞くのが恐かった。
でも、今は違う。はっきりと言ってくれたからこそ、美琴の気持ちは自然と決まった。
『それでも好きと言う気持ちを伝えるよってミサカはミサカは自分の気持ちを吐露してみたり。たとえ関係が少し変わってしまっても言ったことに後悔はしないよ、とミサカはミサカは言葉を付け加えてみる』
美琴の脳裏に残っている打ち止め(ラストオーダー)の言葉が身体に響き渡る。
ああ、そうね。
私は後悔してない。むしろすっきりした。
好きだという気持ちを伝えたかったのは事実だから。
たとえ片想いだとしても、いつか別々の道を行ったところで、美琴は上条に『好き』だという気持ちを伝えたことに後悔はしないのだ。良い思い出だと笑って言えるまでには時間は掛かるかもしれない。
いつもの気の置けない友達として多分戻れるような気がした。いつか笑ってこのことが言えるくらいになれる、きっとと美琴は思う。
(案外コイツの顔を見るのが辛くなるかと思ったけど、そこまで辛くないか)
予想していた答えだからこそ少しその答えを受け入れられてる自分がいる。
正直な話、寝込んで学校を休むとかそう言うわけじゃない自分にも苦笑してしまう。
「そっか。うん、アンタがちゃんと答えを出してくれて良かった。ありがと」
まだありがとう、と言える余力が美琴の中にはあった。
もう好きな人を困らせたくない気持ちからかもしれない。
でも、それでいいのだと美琴は思える。
ちゃんと笑いたかった。
「御坂・・・・・・ごめん」
「ごめん、は言いっこなし。うん、この話はこれでおしまい。またいつもの友達に戻りましょ」
「・・・ああ、そうだな」
これが最大限の譲歩だ。美琴にとっても上条にとっても。
何事もなかったかのようなことにはならない。でもこれを乗り越えてまた普通の友達に戻れたらそれでいい。
普通の友達にさえ戻れなかったらそれはそれで苦しいから。
自分を特別視せずに見てくれる人間は少ない。上条はその中でも一番最初に美琴を普通の中学生と見てくれた。そして高校生になった今も学園都市にいるレベル5の第三位の御坂美琴、ではなく高校生の御坂美琴として見てくれる。
美琴にとって友達としても特別な場所だ。
「あ、そうだ。アンタこれから暇?」
ぽん、と軽く手を叩いて美琴が言うと「は?」と上条は首を傾げた。
「暇ならゲコ太のグッズがもれなくついてくるファミリーレストランのメニューがあるから、それに付き合わない?」
「は? またそんな妙な企画が出たのか!?」
げ、と声を漏らすとぴくりと美琴の耳が動いた。
今聞き捨てならない声が聞こえた気がするわー、と小さな声で美琴は訴える。
「妙な企画とは何よ。つ・き・あ・い・な・さ・い!」
「・・・・・・拒否権は・・・」
「ないに決まってるでしょ。今回は五種なんだから。少しは手伝え」
がくりと項垂れながら上条は苦く笑った。ああ、まったく、こいつときたらと笑うしかない。
ゲコ太の
「・・・・・・お前ってそう言うヤツだよな」
「・・・・・・なんか言った?」
「いえ、滅相もありません。わかったよ、わかりました。付き合います、ファミリーレストランの食事に!」
ええい、やけだと上条が叫ぶとふふん、と美琴は鼻を鳴らした。
「それならよろしい。じゃあ行くわよ」
笑う美琴に上条は内心ほっと息を吐く。いつもの日常の風景。こうやっていつもゲコ太のイベントに付き合わされるのだ。だが、今はそれでもいいと思っていた。
笑ってくれて良かった、そう上条は思う。引き攣った笑みでもなくて、ただ普通の笑顔がただ嬉しかった、それだけだった。
* *
いつもどおりの日常に戻ったある日。外は雨が降っていた。
雨の日は多少床が濡れていることが多いという事実はわかっていても、ついうっかり忘れてしまうもので、セブンスミストに立ち寄った上条は踊り場近くの階段で滑って転がり落ちた。幸いにも上手くこけたのか、軽い傷程度で済んだらしい。勢い良い音だったため、近くで買い物していた客達が上条の様子を遠くから見ていた。案外重症じゃないとわかったのだろう、声を掛ける人間はいなかった。
「いってー・・・・・・・・・不幸だ」
軽く傷ができた箇所に息を吹き込んで上条はばい菌を取り除こうとする。まったくついてない、と思いながら一人軽く項垂れていると、呆れ声が上から降って来た。
「誰がこけたのかと思ったらアンタか」
「御坂か・・・何ですか、その呆れた感じは」
「いやー、よくこけるわねーとある意味感心してたのよ」
お決まりじゃない、雨の日の階段の踊り場でこけて傷、なんてさと美琴は苦笑いを浮べる。
へいへい、そうですよーと上条は呟きながら美琴を見上げた。
「酷くないか? 少しは労わるって言う気持ちは・・・」
「そんなのいつものアンタの不幸のうちでしょうが。それに今日は軽い方でしょ」
確かにそのとおりですけどね、と前置きをちして上条は目と口で訴える。
「ひどい・・・・・・」
酷くないですか、御坂さんと言う上条に美琴は軽く肩を透かし、はいはい、と言葉を口にした。
「私が悪うございました。ほら、傷口見せなさいよ」
「え?」
「手当てしてあげるから。ほら」
手を差し伸べる美琴に上条は腕を出した。擦られた部分からじわりと血が滲む。美琴は自分の鞄の中に入っていたポーチからウェットティッシュと絆創膏を取り出す。てきぱきと慣れた手つきで痛めた部分をウェットティッシュでふき取り、汚れがないかどうか確認すると絆創膏で傷口を塞ぐ。二箇所ほど傷が出来ていたところにゲコ太印の絆創膏が貼られた。
「応急手当だけしたわよ。家帰ってからちゃんと消毒しなさい。じゃないと膿んじゃうんだから」
気をつけてよねーと言う美琴に上条は絆創膏とにらめっこする。
(この年にもなってゲコ太・・・・・・)
「御坂、この柄以外は・・・・・・」
「あるわけないでしょ。我慢しなさい。第一こけたアンタが悪い」
「確かにその通りだな」
「ったく、その怪我の多さは変わんないのね」
一種の才能よ、と呆れながらもその中にある大人びた憂い顔に上条は思わず息を呑んだ。
美琴なのに、美琴じゃないような、そんな錯覚。
一瞬だけ戸惑った感情をすぐに押し込めて上条は言葉を継いだ。
「・・・仕方ねーだろ。それよりも、サンキューな」
「どういたしまして。どう?立って家まで帰れる?」
「多分大丈夫だろ。まぁ、幸いにも打った部分とかあまりないし」
「なら良かった。じゃあ、帰るわよ」
「へ?」
「途中までこの美琴さんが送ってあげる。このまま帰すのも何となく気まずいし」
だからごちゃごちゃ言ってないで行くわよ、と美琴は上条に立ち上がるよう促した。上条は驚きながらもその言葉に従う。
結局美琴は上条の寮の前まで送ると踵を返して自分の寮に向かって走り出した。上条はその背中を見つめながら思う。
(基本いいヤツなんだよなぁ、御坂って)
告白されたことを忘れたわけではないけれど、何となくこの距離が丁度良くて、だからこそこのままでいたいと願ったのは上条自身。だから予想などしていなかったのだ。一瞬だけ気づいた違和感に。
急に大人びて見えた美琴の顔。
一瞬だけでもその顔が綺麗だと思った自分の気持ち。
その顔をいつか誰かのためだけに見せるのかもしれないと思ったことをその刹那だけ気づいた自分。
何考えてるんだとその考えを即座に打ち消した。
その感情の違和感の答えを上条は敢えて気づかないふりをする。
ちくりと痛む感情があることを知ったのは数日後。
上条はまだその違和感の名前を口にしたくなかった。
言ってしまえばそれが何なのか嫌でも気にしてしまう。
だが、道は避けられないところまで来ていた。
そんな感情知らなくて良かったはずなのに。
そう口にする日が来ようとはこの時の上条には知るはずもなかった。
時は静かに動き出す。
感情は一つの波では収まることはなかった、それだけのこと。
告白したもののどうしていいのかわからない美琴と、戸惑いながらも答えが出せない上条が取った行動とは?二人の出した答えは簡単なようで簡単ではなかった。 全4話の第3話目、じれったい感じはするかもしれませんが、気長に読んでいただければ幸いです。