「まさか、こんな形で返ってくるなんて思わなかったけど」
小さく笑って日野は呟く。自分の手にあるのは一通の手紙。
それは朝、火原から手渡されたもの。
『これ、後で読んでね』
要は自分のいないところで読んで欲しいと言う火原からの申し出だった。
日野は「わかりました」と頷き、授業の間にある休憩時間にそっと取り出す。
こっそり教室を抜け出して、日野は暖かい日差しが差す廊下の片隅で便箋を開いた。
『香穂ちゃんへ』
癖のある火原の字が日野の瞳に映る。
日野はくすっと笑みをこぼして読み進めた。
『手紙ありがとう!すっごくうれしかった!それにすっごくびっくりしたよ!』
興奮していたのだろうか、びっくりマークが続き、日野は小さく笑う。
火原が日野の傍で話しているような錯覚を覚えて、頭を振った。
『手紙ってなんかいいね。そう思ったからおれも書いてみました。
なんかすごく新鮮だよね!香穂ちゃんからの手紙読んで本当にうれしかったんだ』
にこにこと笑いながら言う火原が脳裏に浮かんでは消えてゆく。
日野は読み進めた。
『おれ、自分の誕生日だってことすっかり忘れてたんだよ。香穂ちゃんの手紙読んで初めて気づいた。あ、そっか、おれの誕生日だったっけって。だから香穂ちゃんがあんなに今日の12時になったら読んでって言う意味、わかったよ』
日野は念を押すようにちゃんと『12時になったら読んで下さい。それまではダメですよ』と告げた。不思議そうに首を傾げながら、その勢いに押された火原が「う、うん・・・」と曖昧な返事をしたのは日野も覚えている。
何でそんなこと言うんだろう、そう顔に書いてあるような気がした。
日野は知らない顔をして、火原とその日は別れた。
だからどんな反応が返ってくるかなと半ば期待していたところもある。
メールで返事来るかな、そう思ったのに、一向に返ってこないメールを考えても忘れちゃってるかなとも思ってしまった。
それとも明日の朝に反応が返ってくるかな、そう思ったのに。
朝、迎えに来た時から妙に落ち着きのない火原に日野は首を傾げた。
手紙の話もないし、もしかすると忘れてるのかな、そう思って校門をくぐった時に日野は火原へ話しかけようとした時。
目の前に一通の手紙が差し出されるのを見て、思わずぽかん、と火原を見上げたのだった。
「香穂ちゃん、変な顔してるよ」
くすくすと笑みをこぼして火原が告げると、日野は慌てて顔を取り繕った。
だって、と日野は口を尖らせる。
「香穂ちゃん、これ後で読んで」
じゃあね、と告げて火原は音楽科がある校舎へと駆けて行く。
火原の背中を見つめながら日野は「はい・・・・・・」と呆け気味に呟いたのだった。
『家族から言われても友達から言われてもすごくうれしいんだけど、でもね、おれ、香穂ちゃんからのおめでとうが一番うれしいんだ。何でもそうだよ。香穂ちゃんから言われた言葉はおれの元気になるんだ!』
身振り手振りで言う火原の姿を思い浮かべると何だか可笑しくなって、日野はくすくすと笑みをもらした。
通りかかる生徒はそんな日野の姿を訝しげに見ながら通りかかる。
周りの視線に気づいた日野は隠れるように続きを読み進めた。
『ありがとう、香穂ちゃん。香穂ちゃんに出会って、色々と変わったなって思うんだ。香穂ちゃんのことを好きになって初めてわかったこともあるし、それに、おれの中にこんな気持ちがあるんだって気づいたこともあるんだよ。香穂ちゃんはおれにはじめてをくれるんだ』
「それは私もです、火原先輩」
火原と出会って、初めて触れる気持ちがあって、初めて知った気持ちがあった。
火原がいなかったらきっとそんなこと知らずにいたかもしれない、日野はそう思う。
感謝の言葉を言ってもきっと言い足りないくらいだった。
『香穂ちゃんの音を聞いてると、いろんなこと考えるよ。色んなこと考えて、色んなこと感じて、胸がいっぱいになるんだ。香穂ちゃんの音は素敵だから、おれ、いつもドキドキしてるんだよね』
ドキドキするのは日野も一緒だった。
火原の音を聞く度に元気を貰って、時にはときめいて、そんなことの繰り返し。
『おれ、もっと頑張らなきゃね。香穂ちゃんにとって自慢の彼氏になれるように』
「そんなの・・・・・・もう、自慢の彼氏なのに」
何言ってるんだか、と日野は苦笑いをこぼした。
それを言ってしまえば、火原にとって自慢の彼女になれるように頑張らなきゃいけないのに。
日野は残り少ない文章を読み進める。
『本当に手紙ありがとう!おれ、ドキドキしたよ。
香穂ちゃんっておれをびっくりさせるの上手いよね。すごくうれしくて、勢いのままに手紙書いたけど読めるかな?』
びっくりさせるのが上手いのは火原も同じなのに、と日野は胸の内で呟いた。
火原はいつも日野が喜ぶようなことを考えてそれを実行してくれるのだから。
『あー、なんだか急に心配になってきた。けど、大丈夫かなー、なんて思ってます。手紙、おれにとって一生の宝物だよ。ありがとう』
それから、最後に。
火原の言葉が綴られた、最後の文面に日野は思わず頬を赤らめる。
『香穂ちゃんのこと大好きだよ。世界で一番大好き!
これからもよろしくね、香穂ちゃん』
紅くなった頬の熱を抑えるべく、日野は一人ぱちぱちと頬を叩いて、平静を取り戻そうと努力をした。だが、思った以上に火原の言葉はストレートに日野の胸に響き渡る。
ドキドキと高鳴る鼓動。
紅くなる頬。
満たされる心。
日野はチャイムの音と同時に教室へと戻る。
慌てて便箋を折り畳んだ封筒が少しだけ膨らんでいるけれど、気にする余裕などどこにもなかった。
一体どんな顔をして火原先輩に会えばいいの〜!?
日野は内心落ち着かない気持ちを抱いて一人頭を抱えていた。
火照る頬が熱を生む。
この後の授業の内容など当然入ってくることはなく、ただ、機械的に黒板に記された文字をノートに書き記すだけだった。
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