『これ、今日、夜中の12時になったら読んでくださいね』
そう言って手渡されたのは一通の手紙。
宛名はもちろん自分の名前が記されていた。
手紙を翻すとそこに刻まれたのは『日野香穂子』と言う文字。
それは火原の彼女であり、後輩でもある少女の名前があった。
そもそもこの手紙が自分の手に渡ったのはもう暗くなった、時刻は夕暮れ時と言う時間。学校帰り、他愛ない会話を交わし、日野の家の前に着いた時に、日野は家の門を開ける前に、がさごそと無造作に日野自身の鞄の中に手を入れて封筒を取り出した。
『はい、火原先輩』
日野は火原の目の前に封筒を差し出す。
火原は不思議そうにそれを眺めながら「あ、ありがとう」と受け取った。
『これって手紙?』
火原の問いに日野は「はい」と首を縦に振る。
『必ず今日の夜中の12時に読んで下さい』
念を押すように日野は火原へと伝えた。
『でも何で12時なの?』
問う火原に日野はふわり微笑むと、弾んだ声でその答えを口にする。
『それは手紙を読んでからのお楽しみです。火原先輩、約束ですからね』
はい、と手紙を持つ火原の小指に日野は自分の小指を器用に絡めると、きまりの言葉を告げた。
『ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本のーます。指きった!』
メロディーを口にしながら日野は絡めた小指を離して上目遣いに火原を見つめる。
火原はそれをただ黙って見つめていた。黙ってというよりは呆けていた、と言ったほうが正しいのかもしれない。
『・・・・・・わかった。約束するよ。12時になったら開けるね』
はい、と頷く日野に火原は小さな興奮を覚える。
わくわくと胸が弾み、じわりじわりとその約束を身体に刻んだ。
そして、今、ちょうど12時になろうとしている。
時計の短針が12時を指し、長針が12に触れると、火原はそっと手に持つ手紙の封を開いた。封筒の中から現れたのは2枚の便箋。火原は逸る気持ちを抑えながら、折られている便箋を広げた。
『火原先輩へ』
日野のちょっとばかり丸い文字が火原の脈を小さく打った。
視線の先にあるのは長々と書かれた言葉。
『Happy Birthday! 今日、12月12日は火原先輩の誕生日ですよね。
お誕生日おめでとうございます』
「あ」
火原はそこまで読むとふいに顔を上げて机の上に置いてあった置時計を見遣った。
時計の針は12時を過ぎている。
「そっか、今日、おれの誕生日・・・・・・」
すっかり忘れてた、と火原は一人呟く。
だからあれほど日野が念を押して今日の夜、12時になったら読んでと言ったのか。
『何か変な感じですね、文にするって。ちょっと照れてしまいます。
何を書こうかなって色々と考えたんですけど、うまくまとまりそうにないです。
でも一言だけ言いたいなって思うことがあったので、それだけは書いておこうって思います』
日野が伝えたい言葉、それは。
『火原先輩が生まれてきてくれて良かった、そう思っています。
だって、火原先輩に会えなかったら私はきっと狭い世界のまま、何も知ることはなかったんだもん』
だから。
『生まれてきてくれてありがとうございます、火原先輩』
火原先輩に出会えたから私の世界は色鮮やかになったんですよ。
香穂子が以前火原にそっと告げた言葉だった。
大げさだよ、香穂ちゃん、そう言って笑った火原だったが、内心嬉しくて仕方なかったのを覚えている。
日野がそう思ってくれていたことが嬉しかった。
『これから受験だし、色々と大変だけど、たまには私のことかまってくださいね(笑)。
受験が終わったらたくさん遊びましょう。それまで待ってます。受験はきっと大丈夫。火原先輩の努力は無駄じゃないです』
テストは苦手だと火原が呟いた横で、日野が小さく笑って、そうですね、と頷いたあの日。火原は日野が告げた言葉を忘れることはなかった。
―――火原先輩はできるって私は思います。
だって、火原先輩の音も真っ直ぐだから、きっと想いや願いは届くって思うもの。
「香穂ちゃん・・・・・・」
脳裏に浮かんでは消えてゆく日野のことを想い、火原はそっと瞼を閉じた。
日野が大丈夫、そう言った言葉は自然とそう思えるから不思議だと火原は思っていた。
日野から声をかけてもらうと自然と力がみなぎるものだ。
『自分の力を信じて下さい。私も応援してます』
日野の声が火原の耳に木霊する。
耳元で日野が囁いているような錯覚に火原は捉われていた。
『あ、もちろんプレゼントはこれだけじゃないんですから。楽しみにしててください』
注意書きのように記す日野に火原は思わず笑みをこぼす。
くすくすと笑いながら残り少ない文章を火原は読み進めた。
『本当は直接言いたいけれど、それはできないから。
電話も考えたんですけど、それだといつもとあまり変わらないなぁって。
そう思ったら、一番何が驚くかなーって思ったら、手紙だったんです』
実際火原も手紙には驚いた。
今のご時勢、メールやケータイが主流となっているため、手紙はびっくりしたのだ。
『驚きました?』
「確かにびっくりしたよ、香穂ちゃん」
『もし驚いてくれたなら、サプライズは成功ですね。明日、朝会えるの楽しみにしてます』
おれも楽しみにしてるよ、そうすぐに伝えたいと火原は思いながらも今それを伝えるのは何か違うような気がした。自分のために色々と考えてくれたのだろう、日野に驚く何かをしたい、火原はそう思う。
「じゃあ、おれもそうすればいいのか」
呟いた言葉の端に楽しさを滲ませる火原は、手紙の先を急ぐ。
『それじゃあ、また明日。明日にはちゃんとプレゼント渡しますね』
便箋の最後の行、一行は追伸、と書かれた文を見て火原は言葉を呑んだ。
『―――P.S』
『大好きです、火原先輩』
顔を紅く染めて呟く日野のことを思い出すと、妙な照れが火原にも感染するようで。
「おれも・・・・・・おれも、香穂ちゃんのこと大好きだよ」
頬が自然と緩み、火原はそれに気づくと頬を軽く叩いた。
そうしてあることを火原は実行する。
日野へ伝えたいこと。
ありがとう、と大好きと。
それを伝える術を火原は取り出した。
大好きな日野へ、伝えたいたった一つの言葉を。
日野編へ