「おめでとう、香穂」
「おめでとうございます、香穂先輩」
あたたかな陽射しが差し込む、白い縁の鏡越しに天羽と冬海が祝いの言葉を口にした。
純白のドレスに身を包み、白のベールを上げたまま香穂子は微笑み返す。
「ありがとう、二人とも」
俄かに頬を染めながら言葉を口にする香穂子の唇がきらりと光った。
グロスが艶やかな色を見せ、いつもの香穂子とは違う雰囲気を纏う。
「やー、綺麗だねぇ、香穂」
「すごい綺麗です」
「やだ、二人ともお世辞を言っても何も出ないよー?」
「それぐらい素直に受け取っておきなよ、香穂ってば」
苦笑いを浮かべながら言う天羽に「そうだね」と香穂子は呟いた。
もうすぐ太陽は真上に昇り、一日の活動の半分を終えようとしている今、香穂子は自分の想いを口にした。
「ねえ、菜美、笙子ちゃん」
「うん?」
「はい」
「私、なんかドキドキしっぱなしだわ」
たくさんの人が自分達を祝ってくれて、何よりも一番大切な人の伴侶になることができて。
神聖なこの場所で、約束を誓うその時間は差し迫っている中、素直な気持ちを口にする。
「そうですね」
「でも嫌じゃないでしょ、そのドキドキ」
「うん」
素直に頷く香穂子に冬海が言葉を継いだ。
「幸せを身体に感じている証拠だと思うんです。ドキドキと胸が鳴るのは」
ああ、なるほどと香穂子は頷く。冬海の感じていることは尤もだと思った。
幸せを感じているから、だからこの胸はドキドキと鳴って、静まる気配が見えない。
「なんだかメトロノームとは少し違うんですけど、一定の速度でドキドキと鳴るのは音楽みたいだなって思います」
「それ、わかるような気がする」
くす、と香穂子は微笑み、天羽も笑っていた。冬海もつられて笑う。
「でも少しだけ懐かしい音のようにも思えるんです」
冬海は素直な想いを声に出して二人を見遣るとああ、と納得する顔が二つ揃ったのが見えた。
少しだけ色褪せた思い出の中に残っている懐かしい音に似ている。
走馬灯のように駆け巡る思い出に、小さな寂しさと切なさ、喜び、共に泣いた時を思い出す。
香穂子の微笑みに天羽は目を細くして問うた。
「ねぇ、香穂」
「なぁに」
「今、幸せ?」
きょとん、と瞳を大きくして天羽の問いの意味を考えた香穂子は柔らかになる。
「もちろん、幸せだよ」
満面の笑みが返ってきて、天羽は「そっか」と答えた。
「幸せなら良いんだ。ね、冬海ちゃん」
「はい」
「もし、火原先輩に泣かされたらいつでもうちらのとこ来ても良いんだからね」
いたずらな笑みを浮かべて天羽が言うと冬海は苦笑いを浮かべながら「大丈夫ですよ」と口にする。
香穂子も小さく笑って「そうする」と呟いた。
「まぁ、でもそんなことにはならないように頑張ります」
「うん。それを期待します」
ちら、と見えた壁の時計を見て天羽はああ、と頷いた。
もうそろそろ式場へと向かわなければならない時間。
他の友人達とも待ち合わせをしている時間が迫っていた。
「香穂、時間だからそろそろ行くよ」
「うん。ありがとう、菜美、笙子ちゃん」
「じゃ」
「それでは」
ぺこりと頭を下げて挨拶をする冬海と、手を振る天羽の姿が白いドアの向こうに消える。
パタン、と閉じられたドアに向かって香穂子はぽつりと呟いた。
「本当に、ありがとう」
ずっと高校の時から支えてくれていた友人へ。
感謝の気持ちを込めて言葉を唇で綴りながら、香穂子は泣きそうな瞳を押さえて鏡に向かって笑った。
終