「で、いつから火原先輩のこと好きだって思ったの?」
自分の座っている隣で日誌を書きながら天羽が尋ねた。
「いつって覚えてないんだ。でも気づいたら好きになってた」
苦笑いを浮かべながら日野は呟く。そっか、と天羽は頷きながら日誌に文字を埋めていた。日野が火原を想っているんだろうな、ということは見ていればすぐにわかった。
だから天羽は「火原先輩のこと好きなんでしょ」と言うと日野は真っ赤な顔をして答えたのだ。
それ以来、日野の相談相手は天羽が請け負っている。
「火原先輩って後輩からも結構人気高いんだよね。全体的には柚木先輩に視線が行きがちだけど、火原先輩はわりと大穴っていうか、マジで好きになる人が多いみたい」
天羽が取材を通して気づいたことのひとつだった。
「・・・うん、何となくそれ、わかる」
少し沈んだ声になったことに気づいた天羽は日誌から視線を上げて「でもさ、」とフォローをした。
「火原先輩にとって一番気にかけてるのって日野ちゃんだと思うよ!随分と前だけど、一番気になる人いますか、って言ったら真っ先に日野ちゃんを挙げてたもん」
「でも、それって後輩としてとか、音が気になる、とかなんだよね」
どこか遠くを見るような眼差しが返ってきて天羽は返答に困った。
確かにあの時、まだ学内音楽コンクールが始まって第一セレクションを終えた頃に聞いた言葉であるため、否定はできない。実際、日野にもそんなようなことを言っている火原を目撃したことがある。
「火原先輩ってね、優しいの」
「うん、そうだね」
「でもね、その優しさってみんな同じなんだよ」
「日野ちゃん・・・・・・」
「困ってたら力になってくれる、笑顔が一番だよ、そう言ってくれる。私の音が好きだとも言ってくれた」
でも。
欲しい言葉はそんなんじゃなくて。
「自分だけにくれる優しさだって思ったら嬉しいの。でも同じようなことをしてるのを見た時、ずるいって思った」
自分だけじゃない、火原の平等的な優しさ。
気づかなければ良かった、そう思ったことは何度もある。
でもその度に気づいてしまう恋心。
この恋を捨てる勇気さえ持つことは出来なくて。
「自分だけに向けて欲しいって、我が侭なこと思ってるんだよ」
ひどいよね、小さく苦笑いを浮かべる日野に上手くかける言葉が見つからなくて、天羽は小さな息を吐く。
「それは・・・恋をしていれば誰でも思うんじゃない?」
自分だけを見て欲しいなんて思うことは当たり前なのだ。
度がいきすぎれば問題だが、そうじゃなければ普通に感じてしまうこと。
特に火原が優しいのは誰もが知っている。
「そうかもしれないけど・・・・・・」
言いよどむ日野に天羽は小さなため息を吐いた。
恋をしている本人からは見えないことは多々ある。じれったいとも思うし、それがかわいいと思うのだが。
「まぁ、ここで言ってても仕方がないじゃない?とりあえずは甘いもの食べながら帰ろうよ」
「そうだね」
くす、と小さく笑う日野に天羽は笑顔で返した。
せめてこの時だけでも笑ってくれたらそれでいい、そう思いながら天羽は日誌のページの最後を綴る。
一方で日野は夕暮れに染まる校庭を見つめていた。
部活動をやっている生徒の姿や時折聞こえてくるオーケストラ部の音に耳を傾ける。
もしかすると今もそこに火原がいるかもしれない、そう思うと胸は静かな音となって身体に響いた。
元気のあるトランペットの音、それが火原の音であり、華やかさは一番だから。
ねぇ、火原先輩。
――――あなたの音の先に私の音はありますか。
終