気づかなかったのは意図的なのか、それとも無自覚なのか。
「あ、加地くん」
誰かの名前を呼ぶ少女を見つけて火原は思わず挙げかけた手を下ろした。
少女と同じクラスの青年は楽しそうに少女と話をしている。
それを見て少しばかり胸が痛んだ。
「まぁ、しかたないよね」
少し諦めにも似た表情で火原は肩を竦めるとぎゅっと自分の手を握り締める。
少女と青年は同じクラスなのだから当然といえば当然で、だから声をかけることも普通のことで。
なのにどうして胸の中がもやもやとしているんだろう、火原は自分の中に生まれた違和感に気づく。
だが、次の瞬間『まぁ、いいや』の一言で片付けた。
ちょっとだけ羨ましいと思うのは、自分が今少女と話がしたかったからで、
だからと言ってそれに割り込むほどわがままでもないから。
(楽しそうに笑ってるなぁ、日野ちゃん)
火原の中に生まれた羨ましいという感情は少女――後輩である日野は知るよしもない。
その笑顔が少しだけ眩しくて、自分にも見せて欲しいと願っていることに気づいたのは、二人の間でなにやら盛り上がっていたから。
どうしてそんなに楽しそうなの。
おれも日野ちゃんとしゃべりたいよ。
ぽつり、とこぼれ落ちた本音は無意識のうちに蓄積されてゆく。
だが、その蓄積した気持ちも火原はずっと無視し続けていた。
無視したくて無視したわけじゃない、むしろ無意識でそうやって回避していて、だからこそ気づかなかった。
「ってあれ、おれ、今何で」
そんなこと思ったんだろう?
ふと湧き出た疑問に火原は首を傾げる。でもここに火原の疑問を答える者はいなかった。
知りたいような、それでいて知りたくないような。
もやもやと霧が立ち込める自分の心の奥にある答えが何なのか、わかっているようなそんな曖昧な感情が火原を揺さぶった。
火原の心が揺れている間も日野と加地は楽しそうに話をしている。
時々話の内容が聞こえそうなくらい大きな声で話をしていたが、今は何をしゃべっているのかわからない。
ただわかっているのは日野が楽しそうだということ。
加地なら日野が喜ぶような話題を持っているのだろう、そしてそれを盛り上げる術も知っている。
つきん、と胸が疼く。
そして火原はそれを目にしてしまった。
「あ」
思わず声を口にしたのは、日野が加地に触れたから。
軽く腕を叩いて笑っている日野がいて、加地はつられるように笑う。
うらやましい。
おれも、日野ちゃんと―――
『一緒にいたい』
話をして、時々触れて、触れられて。
この感情が何と言うのだろうことは火原もわかる。
「おれ、日野ちゃんのこと・・・・・・」
――――好き、なんだ。
だから加地のことを羨ましいと考えた。
だから日野と話がしたいと願った。
全てはこの言葉に限る。
おれは、日野ちゃんに恋をしている。
だから他の人と話をしていると羨ましいと感じてしまうのだ。
ああ、なんだ。
こんな簡単な言葉で表せるのか、と思うとなにやら苦笑いを浮かべてしまう。
日野は誰かを好きなんだろうか。
誰と話をしていようと火原には関係ないことだとわかっているけれど、それでも願ってしまう。
自分もそこにいたいと、隣にいたいのだと。
だから、どうしても考えてしまう。
自分勝手な願いだとわかっている。
おれは。
おれが、きみと誰かの幸せ願うほどお人好しじゃない。
「お人好しなんかじゃないんだよ、日野ちゃん」
誰にも届かない声が空を舞う。
そばにいたいと思ってしまうのは、ダメなのかな。
「ねぇ、日野ちゃん」
―――きみの隣の席は今、空いているのかな。
終