そよかぜ
初夏の陽気が鼻を掠める。額が俄かに汗をかいていた。
新緑の季節が過ぎ、本格的な夏到来まで少しと言ったところだろうか。
半袖で歩くのも慣れて、そろそろキャミソールにしようかとこの間彼に問うと。
「うーん、いいんだけどさ……」
と言ったきり口を濁した。
何よ、何か文句あるの?と再び問えば、「いや、奈瀬が悪いんじゃないよ。俺の気持ちの問題」とすっぱりと言い切ってくれる。
じゃあ、何なのよと言えば少し頭をかいた後、小さくポツリと呟く。
「……あのさ、肌が露出するだろ……あんま見せたくないって言うか…いや、俺は何言ってるんだ」
私はきょとんとした後瞬きを数回し、彼の方はと言うといやそんなんじゃなくて…とぶつぶつ少々頬を染めて言っていた。
ぷっと私は彼の仕草に笑いを堪え切れなくて吹き出す。
「あのなー、俺にとっては問題なんだってば」
人の気も知らないでと呟く様は私よりも年上なのかと問いたいくらい、かわいい。
なんてこといったらおこられるだろうけど。とにかく、可笑しくて仕方ない。
彼ははぁと一つため息をついて、からんと音の鳴った氷が傾くグラスの中身を喉に流す。
「ごめんごめん。まさか伊角くんがそんなこと考えてるなんて思ってなかったから」
「俺も男なんだけど?」
彼の抗議は私の耳に届くもののすり抜けていく。
少し開いていた窓の隙間から緑の風が吹きぬけた。
「気持ち、いいね」
窓に視線を移し、日が差しているのを見つめる。
「そうだな」
そよりと流れる風は時を穏やかに流す。さっきまでの雰囲気とは打って変わるもの。
流れる風に私の肩まである髪の毛がなびいた。うなじを気持ちよく通り抜けるその風は、心地いい。
彼の髪もまたさらりと流される。そのさらさらとした黒い髪の毛が私は好きだ。
「ねぇ、伊角くん」
「ん?」
「私、負けないんだから」
「うん。知ってる。奈瀬が負けず嫌いなこと」
くすくすと笑って、私を見つめた。その瞳は優しくて、見ていてホッとする。
何もかもお見通しだよと言われてるようでもあるけれど。
でも、そういうの悪くない。
「だから、待っててよね。上で」
「うん。みんな待ってるから」
返してくれる言葉は優しくて、少し目頭が熱くなる。
熱くなる涙腺を抑えて、私は心に奈瀬明日美は強いんだぞ、と言い聞かせた。
「――――ありがと」
彼なりの精一杯の応援の仕方だから。
そのことに感謝したくて、向かいの彼の膝に乗せてる片方の手を握った。
あたたかい、彼の手を。
彼もまた握り返してぎゅっとあたたかみが増す。
「どういたしまして」
そよ風はふわりと流れ、私は決意を新たに最後のチャンスを掴むことを祈る。
彼みたいなそよ風に包まれるような心地で。
もうすぐで、プロ試験の始まりだ。
END
-―――――――――――――――――――――――――
前向き奈瀬のお話。伊角さん、奈瀬には甘そうだ。
Memoから気に入ってる作品なんで持って来ました。少々加筆修正。
伊角さんと奈瀬はさっぱりしてるようで甘いのが好きです。
ちなみに奈瀬、18歳の決意。
奈瀬ってプロ試験受かるんですかねー?
(希望としては受かって欲しいです。小宮くんと一緒に(笑))