「あれ? 進藤じゃない?」
ふと気づいた視線の先に進藤ヒカルがいることに気づき、その歩調を緩めた。
隣で歩いていた彼の歩調も緩やかになり、「あ、ホントだ」と小さな声で呟く。
「ね、何やってるの? アレ」
「さぁ?」
あまり興味がないのか、反応はあまりいいものとはいえない。
何やら揉めてるようであることはすぐ理解できた。進藤ヒカルの視線の先には彼女らしき女性がいることもわかる。
こんな街中でいつの間にか二人だけが注目を浴びていることに気づいたのは、私も彼も一緒だった。
「伊角くん、ちょっと見てみようよ」
「え? おい、奈瀬っ」
彼――伊角くんの腕を引っ張って渦中の進藤ヒカルを目指して歩き始めた。
渦中の人たちは熱いらしい。周りなんてお構いなし、みんなじろじろと見ては立ち去っていく。
私はそんな中、二人を見ていた。
「悪かったって言ってるだろ?」
「そうやって言うと反省してるようには見えないの」
進藤も然ることながら彼女も必死に応戦する姿が見える。
彼女の必死な姿を見てかわいいなぁと思った。
「ねぇ、伊角くん」
「ん?」
「私たちには絶対にない会話じゃない?」
そう言うと伊角くんの眉が一瞬しわを寄せて「あぁ」と苦笑いを浮かべていた。
苦笑いを浮かべた後に私の頭をぽんと撫でる。
絶対に、子ども扱いしてるでしょ。
言葉に出そうになるも、視線を二人に向けてその様子を窺った。
「だったら、どう言えば良いんだよ?」
進藤は半ば諦めているのか、それとも呆れているのかわからないけど頭に手を当ててくしゃっと髪の毛を寄せる。
彼女はと言うと少し涙目で進藤をじっと睨んでいた。
そして一つ息を吐くと、進藤を見据えて。
「もう、ヒカルなんて知らない! 私、帰る」
彼女はキッと進藤を見据えると踵を返そうとした、とその時彼女の腕が進藤の手に掴まれる。
掴まれ、そして少しよろけると進藤がそれを支えたのが見えた。
「ったく、そんな格好してくるからだろうが」
「・・・・・・だって」
進藤はため息をつくとそのよろけた体勢を元に戻した。
彼女の格好は白いキャミソール型のワンピースで、少し高めのヒールに赤いリボンで髪を二つに括っている。
一見見ていると可愛い格好で、いいなと思った。それが進藤には不服らしく、少し眉を潜める。
「いいか、あんまりそういう格好してくるなよ」
「何で?」
「だっ・・・そ、それは・・・だな・・・」
きょとんとした彼女の瞳に負けたのかふいっと視線を逸らす進藤が見えた。
あー、何となくケンカの理由わかったわ。
伊角くんも理解したのか、「あー・・・」と呟いているのが聞こえた。
進藤も苦労してるわけね。
私は一人心の中でごちると小さくため息をつく。
少し頬に朱色をにじませる進藤の顔を見ていたら、ある意味進藤に同情もしたくなる訳で。
気づいたら声をかけていた。
「進藤」
はっと気づいた進藤は私を見るなり罰の悪そうな顔をしてこう呟いた。
「奈瀬・・・・・・と、伊角さん」
呼ばれて、少しだけ歩を進めてみる。
きっと、ここだけ異空間なのかもしれない。
「気づいたら二人がケンカしてるとこが見えたんだもん。いいじゃない」
見つけたことの経緯を話すと進藤がムキになって答える。
「だったら、止めろよ!」
「まぁまぁ、奈瀬も進藤も・・・・・・」
「そうよ。ヒカル、すぐにムキになるんだから」
「そうさせたのはあかりだろうが!」
きりのない会話が繰り広げられる。
ましてや彼女――藤崎あかりは進藤が怒っている原因がわからないためか、不服そうに口をへの字に曲げていた。
「何よ。何でそんなに怒ってるわけ?」
ぐいっと顔を進藤の顔に近づけてじっとその瞳の奥を見据えていた。
そんな光景を眺めながら、少し伊角くんの顔を盗み見た。
あ、笑ってる。
苦笑い、とも言うべき顔で二人を見ていた。
こつんと肘を当てると、ん?と今度は私に視線を向ける。
その仕草が何とも言い難い。
本当に私よりも年上なの?とたまに問い質したくなる、それがこう言う時。
「まぁ、進藤。そんなに怒ってないで教えてあげればいいじゃない」
いたずらな笑みを浮かべて私はケンカしてる二人に言う。
二人だけの世界が一気に現実に引き戻されたような顔で二人とも私を見た。
「・・・・・・何がだよ」
「怒った理由。だって、言わないとわからないわよ?」
「・・・・・・うるさい」
「そうだよ。ヒカル、言ってくれないとわからないよ?」
うっと一瞬怯むと、ポンポンと伊角くんが進藤の肩をなだめる。
「進藤、男には覚悟が必要だぞ」
「・・・・・・伊角さんはそうやっていつも覚悟決めてるわけ?」
進藤もなかなか痛い所を突っついたのか、伊角くんは「あきらめろ」と一言口にするとまたぽんと肩を叩いた。
「〜〜〜〜っ、わかったよ。言うよ、言います! その代わり伊角さんと奈瀬はどっかに行っててくれ!」
「ハイハイ。もちろん、お邪魔虫にはならないわよ。精々頑張んなさい」
「まぁ、そう言うことだから。藤崎さん、進藤、またな」
伊角くんがそう言うと進藤はほっと息をついて「あぁ」とぶっきらぼうに答えた。
反対に藤崎さんは「どうもすみませんでした」と頭を深々と下げる。
その丁寧さを進藤に一ミリでもいいから分けて欲しいくらいだわ、なんて一人ごちていた。
二人に背を向けて歩き出す。
少し歩いてからちらりと進藤達のいる方向を見ると、何やら落ち着いたようだったのを見て少しだけ安堵の色を浮かべた。
「気になった?」
不意に頭上から振り下ろされる言葉に視線を向ける。
「ちょっとだけ。進藤、素直に告白したみたいね」
「だな。まぁ、気持ちわからないでもないし」
さらりと言いのけられた言葉に思わず何も言い返せなくなる。
相変わらず大事なことはすっと言っちゃうんだから。
「へぇ。まぁ、そうだったわね。私も同じこと伊角くんに言われたもんね」
あれは初夏の頃。キャミソールを着て行ったら、人前ではあまり着て欲しくないと言われた。
あの時、一瞬ぽかんとして伊角くんの顔をみたんだっけ。
「だからわかるんだよな。進藤の気持ち」
そう言う伊角くんを見て「今だったら、私もわかるわ」と呟くと、「そうか」と小さく頷いていた。
暑い夏がそろそろ季節の変わり目に移ろうとしている。
もうすぐで本格的な秋の到来を予感させるそんな日。
少しだけ、見てしまった彼の反応に思わず何も言えなくて、でもそれがまた嬉しいけど、表には出すことはない。
絡み合う手に少しだけ熱を帯びさせる。
手を握り返すと、それに呼応するように彼もまた握り返した。
それを口に出来るほど、言葉に表す術なんてものを、今の私は知らなかった。
一方で。
「じゃあ、何で怒ってたの?」
あかりはヒカルに尋ねる。
すっと視線を逸らして、少し不服そうな顔で小さく呟いた。
「そう言う格好、俺だけの前にしろよ」
「は?」
あかりは何を言われたか理解できなくて一瞬その大きな瞳をぱちくりさせる。
ヒカルはじれったそうに、今度は視線を戻してはっきりと答えた。
「だーかーら、人前でそう言う格好見せるのがヤなんだよ」
悪いか、そんなことを言外に匂わせた。
その反応にあかりはぷっと小さく吹き出す。
「・・・・・・ワガママ」
「うるさい。仕方ないだろ」
そう言うと、あかりは微笑んでこう答えた。
「でも、嬉しい。ありがと」
そう言ってヒカルを見つめた。
少し朱に染められたヒカルの横顔と、あかりの頬。
今日と言う日が暑いから。
それもあるけど、その体温の上昇は別の理由で片付けられるような気がしたのは、ここだけの話。
終