視界に映ったのは見慣れた顔。
あぁ、と哀しくも納得してしまったユーフェミアはその黒服を纏った男の隣に座った。自分とは半分同じ血が通っているその彼の隣に。
「・・・・・・どうしたんだ?」
訝しげな表情を浮かべる彼――本来なら同じきょうだい、一つ屋根の下にいるかもしれなかったルルーシュ・ランペルージへ首を横に振って答えた。
「ルルーシュなんだ、と思って・・・・・・・」
それ以上の言葉はいらなかった。ルルーシュもただそうか、と短く言葉を交わすだけ。
ちらり、ユーフェミアはルルーシュを盗み見る。幼かったその面影は潜め、成長し青年となったその体格に目を奪われた。
自分自身も成長しているのだから当たり前だろうとは思う。だが、何年も会わずにいたのだから戸惑ってしまうのもまた事実なのだ。
『ゼロ』=『ルルーシュ』だと気づいたのはいつからだっただろうか。
言葉の端々にその意味はいつだって込められていた。
本当は知って欲しかったのだろうかと思ったところでルルーシュに問うつもりもない。
これが現実で、自分達は歩いているのだから。
過去は過去でしかない。
「小さい頃、」
「ユーフェミア?」
「ルルーシュに『ユフィ』って呼ばれるの、好きだったの」
複雑そうな顔を浮かべたルルーシュは言葉を失くしたのか、告げることはなくて、ユーフェミアはそれでもいいと思った。ただ聴いてくれる、ただ耳を
傾けて隣にいて、それだけで幸せだった。
「別に、そんなことで・・・・・・」
「ルルーシュにはそんなことかもしれないけれど、私には嬉しいことの一つだったの」
「・・・・・・そう」
ルルーシュは言葉短く答える。上手い言葉が見つからず、また再び二人の間に沈黙が落ちた。
居心地悪いかもしれないはずの言葉のない世界は、ユーフェミアに安らぎを与える。
瞳を閉じて、夜の闇に耳を傾ける。忙しくなってからはこんなことをする余裕さえなかった。
「・・・・・・ねぇ、ルルーシュ」
「・・・・・・どうした?」
「ピンク色の花を覚えている?」
ユーフェミアは瞳をゆっくり開いて夜の闇を仰ぎ、ルルーシュは口の端を上げて微笑む。
「・・・・・・あぁ」
庭に咲いていた小さなピンク色の花びら。
その庭でルルーシュやナナリーらと遊ぶのが楽しかったのを今でも鮮明に覚えている。
記憶は容易く失っていくものだと言われるが、ユーフェミアはそう思わない。きっと消えない、色鮮やかな記憶もある。それが、その花の色。
「綺麗だったわね。小さく白い花も咲いていて、あの庭が大好きだったわ」
「・・・・・・ナナリーもそう言っていた」
そう、それは二度と巡ることのない記憶の欠片。
「・・・・・・大好きだったの。あの庭も、あの空も、あの花も全部大好きだった。そして、ルルーシュの私を呼ぶ声も」
「・・・・・・・・・」
「昔の話・・・・・・よね」
「・・・・・・そう、だな・・・・・・」
水面の上に広がる波紋のように、ルルーシュの言葉がユーフェミアの胸の奥へと響いていく。静かに、でも確実にその波は何かを伝えるように。
叶うことのない言葉。一度口にしてしまえば、この世界に終わりが訪れるそんな予感さえ秘めて。
「ねぇ、ルルーシュ」
「・・・・・・うん?」
「もう一度呼んで欲しいの」
一瞬ルルーシュは言葉を飲み込む。ユーフェミアは気づかないふりをしてただ空を仰ぎ見るだけ。
「・・・・・・何を?」
「名前を。・・・・・・私の名前を呼んで欲しいの」
「それは、さっきから言っているだろう?」
困った妹だ、そう言わんばかりにルルーシュは肩を竦め、ユーフェミアが見つめる夜の星空を見つめる。星が瞬く夜空には無数の星が散りばめられ
ている。星を見つめる余裕さえルルーシュにはなくて、それがひどく懐かしく思えてしまうほどだった。
「ううん。そうじゃないの。もう一度『ユフィ』って呼んで欲しいの」
まるで秘めたる言葉を告げるように、ユーフェミアの瞳はルルーシュの瞳をじっと見据え、そしてもう一度言葉を口にした。
「ルルーシュがいつも私をそう呼ぶ度にドキドキしたわ。嬉しかった、ただそれだけなの」
「・・・・・・それは、」
ルルーシュは困ったと表情に言葉を映して、肩を竦めると言葉をこぼす。
「わかっているわ。でも、今は二人きりでしょう?」
何もない、ただ自然しかないこの場所に二人きり。
ゼロでもなくブリタニアの皇女でもなく、ただ一人のルルーシュとユーフェミアがいるだけ。かつて傍にいたはずの『きょうだい』。
「・・・・・・変わらないな」
「そうかしら?」
「あぁ、変わっていない。そういうわがままなところも」
やれやれ、お手上げだといわんばかりの顔を浮かべてルルーシュの目が細くなる。それはかつて見ていた表情(かお)。今だけ、唯一この時だけ見
られるルルーシュの素顔。
眼差しはユーフェミアへと向けられる。
「・・・・・・ユフィ」
あの時より少し低くなった声音で呼ばれた自分の名前。仕方がないといつも少し呆れながらナナリーや自分のワガママに付き合ってくれた顔がそこ
にはあった。
「・・・・・・ありがとう、ルルーシュ」
「いや」
こんなことでと呆れているのだろう。だが、それだけでも十分嬉しかった。記憶を手繰り寄せ、その中に現在の記憶を織り交ぜてゆく。もうこの顔を見
ることはないのかもしれない。今のブリタニアがある限り、きっと。
そうであるならば。
「ルルーシュ」
「ん?」
「いつか、」
ユーフェミアはルルーシュの瞳の奥を見つめてゆっくりと言葉を紡ぎだした。
「笑って、花が咲く庭で一緒に遊びたいわ」
「・・・・・・そうだな」
幼き頃の願いなどもう叶うことはない。わかっているのに口に出してしまうのはきっと隣にいるのがルルーシュだから。ルルーシュは自分のわがまま
にいつだって耳を傾けてくれていた。
「いつか、きっと」
それがどの世界であっても。
二人の間に沈黙が落ち、ユーフェミアは少しだけ泣きそうな顔をして空を仰ぐ。もうすぐでくる夜明け。夜明けが来てしまえばまた『ゼロ』としてのルルーシュへと戻ってしまうだろう。
ユーフェミアは瞳を閉じて祈る。
それは、切実な願い。
ひそやかにその祈りを織り交ぜて紡いで。
大好きよ、ルルーシュ。
それは『兄』への願い、そして。
もう一つの言うことのできない想いを絡めて。
終