Present















いつもと変わらぬ時間を過ごすのだと思っていた。
だからその日だと気づかなくて、いつもどおり起きたその朝はいつに増して寒くてずっと布団の中にもぐっていたい気分だった。
あまりカレンダーというか、日付を見る習慣がなかった。
そのためか今日がいつで、何曜日なのかすらわからない時がある。
今日もいつも通り起きるはずが、いつの間にか眠っていて、気づいたのは彼女の声がしたから。

「キラ? まだ寝てますの?」

まだ夢の中で現だとわからずぼんやりとその声に応える。

「うーん・・・今、何時?」

「もうお昼過ぎてますわ。もうすぐでおやつの時間です」

その声がやけにリアルで、ぼんやりとした頭がようやく現だと感じ取り、がばっと身体を起こした。

「お目覚めですのね。おはようございます」

ふふっといつもと変わらず彼女は笑っていて、窓の外がもうすぐで夕方を知らせるそんな空。

「あ・・・えと・・・何で、ここに?」

「用事がなければ来てはいけませんか?」

「いや、そんなことないけど・・・・・・」

確かに合鍵を渡したのは自分だった。
それもそのはず。
数ヶ月前、彼女とは世間で言う『恋人』という括りになったのだから。

「その分だと今日がいつなのかもわからないのかしら」

独り言のようなラクスの呟きに小首を傾げて、半分だけ起こした身体をゆっくりと床に足をつけて起こした。

「お昼・・・といいますか、何か軽く食べられるようなもの作りますね」

「あ、うん・・・ありがと」

「どういたしまして」

そういうと彼女は部屋を出て行き、キッチンへと向かった。
その後姿を見て、何か不思議にふつふつとこみ上げる想いがあることに気づく。

「なんか、変な感じ」

一人暮らしなのに、妙にこの部屋に馴染んでいる彼女が不思議と言うか、当たり前のような感じがしてならなかった。

「まぁ、いいや」

もう一つ思った言葉を打ち消すようにパジャマを脱ぎ捨て、シャツとジーパンを履くと寝室とされる自分の部屋から出た。
何かを無意識で考えていることにも気づかずに。







ふんわりと匂うのは卵の香りとふんわりと香ばしいパンの香り。
気づけばテーブルの上には彼女が作ったスクランブルエッグとサラダ、焼きあがったトーストにバターとジャムが置かれている。
くんと鼻をついたのは淹れたてのコーヒーの香り。

「なんだか朝食みたいですわね」

くすくすと笑みをこぼしながら彼女はお揃いのカップを持ってキッチンから現れた。

「ホントだね。・・・・・・寝すぎたかな」

「起きてらっしゃるかと思いましたのに、入ってみてら寝てるんですもの。びっくりしました」

「はは・・・・・・ごめんね」

「いいえ、謝ることではありませんわ」

食事を取りながら何ら変わらない会話を交わして、空腹だった胃が満たされると更にお腹がすいたことに気づき、箸をすすめた。

「今日、お仕事は?」

「今日はなし。とりあえず明日の打ち合わせで一曲作っておかなきゃならないものがあるから、それを仕上げるだけ」

「そうですか。でしたら問題ありませんわね」

彼女の呟きに「は?」と間抜けな声をあげるとラクスは苦笑いを浮かべた。

「まだ気づきませんか?」

「何が?」

「まぁ、いつも通りと言えばいつも通りですけど、こうも気づかないとちょっと考えてしまうと言いますか」

「は?」

「キラ、今日は何月何日ですか?」

それが彼女が示した通告。
今日?
思わずカレンダーを探して日付を確認する。

「あ・・・・・・」

その日付を見て彼女がどうしてここにいるのか、どうしてそんなことを言ったのか合点がいった。

「2月14日・・・・・・」

「ええ、そうですわ。・・・・・・バレンタインデーです」

無意識で感じ取っていた違和感はこれだったのだ。
世の中の女性たちが騒ぐ年に一度の大イベントの日だということに気づいて、思わず苦笑いをこぼした。

「楽しみにしててください」

そう言った彼女の笑みを忘れない。




            ◇




意外と鈍感な人だということは感じていた。
だから今回もこのイベントには興味を示さないだろうとは思っていたけれど、まさかこう寝ているなんて思いもよらなかったのだ。
思わずラクスは呟く。

「・・・暢気、といいますか。無自覚、といいますか」

自分がもてるなんて気づかない人なのだ。
以前『好き』だと言った時も目を丸くして驚いていたのを思い出す。
ゆえに、彼自身どれだけもてるのかもわかってはいない。

「ある意味羨ましいというか・・・・・・」

つん、と頬を突くもそれに気づく様子はなかった。
彼にもてるのだから、と言った時も「それはラクスのことでしょう?」と言っていた。
それはむしろ逆だと思う。

「あなたの曲に魅了される方は多いのですわ」

だからソロコンサートも女性の率が高い。男性も来るが圧倒的に女性が多いのだ。

「妬けてしまいますわね」

ただでさえ五歳という差もある。
自分が子供なのだと自覚するのはこういう時。
まだ二十歳にもなっていない。あと一年、一年すれば大人の仲間入りだが。

「もどかしい時期、なのでしょうね」

もともと音楽活動をする上でのパートナーだった。
ピアニストとヴォーカリスト。
いつしか互いに惹かれ、そして世間で言う『恋人同士』になったのは数ヶ月前のこと。
自分がさらりと告げていたことを、彼がはっきりと言葉に示したあの日。
すごく嬉しくて涙が出たのを思い出す。だから初めてのバレンタインはちょっと楽しみだった。

「でも、私たちらしいといえばらしいのですけどね」

そこでようやく彼を起こそうとつんつんと頬を突いた。

「キラ? まだ寝てますの?」

彼を現へと引き戻すための言葉を口ずさむ。





いつの間にか景色は茜色へと移り、ラクスは思わずその瞳を細めて見つめていた。

「ラクスは夕陽がすきなの?」

キラの問いにうーんと考えあぐね、そうですわねと付け加える。

「ここから見る景色が好きなのだと思いますわ」

「そっか」

「ええ」

食事を終え、二人でまったりと夕陽を見つめながらコーヒーを飲み干す。

「さて、と。作るかな」

明日までに作らねばならない曲があるのだと先ほど言っていたのをラクスは思い出す。
そしてある意味チャンスだということに気づいてさり気なく誘導した。

「では飲み物変えてきますわね」

「あ、うん」

ラクスはキッチンへと足を向け、キラは傍にあるグランドピアノへと足を運んだ。
自分で持ってきた包みを開ける。
甘いものはあまり得意でない彼へのバレンタインプレゼント。

「気に入ってくださるといいのですけど」

初めて自分で淹れるそれに彼は気づくだろうか、そんなことを思いながらピアノの譜面を見つめる彼の背中を見つめていた。
そういえば、とラクスは家を出る前に聞いたCMを思い出した。
チョコレートのCM。
高校生くらいの女優と俳優の成すバレンタインデーの話。
曲を作ったのは紛れもなくキラ。
初めて放映された日に見かけ、それについて尋ねると「あぁ、うん。青春って感じの曲を作って欲しいってあったから」とあっさり頷いていた。
誰の耳にも残る少し甘酸っぱい感じの曲で、誰もがそのCMに目を留めていたのを思い出した。

「そうなりたいなって思いますけど」

苦笑いを浮かべて沸いたポットからお湯を注ぐ。
トレーの上にカップを載せるとキラの前にそれを差し出した。

「ありがと」

「いいえ」

気づくかな、そう思いながらそわそわした心地でキラを見つめていた。

「ねぇ、ラクス」

「はい?」

「・・・・・・これ、バレンタインデーのプレゼント?」

「わかりましたか?」

「うん。だってチョコの香りがする」

「キラは甘いものが苦手でしょう? これなら良いかなと思って」

そう言うとキラは微笑んで見つめる。

「ありがとう、ラクス」

「・・・・・・いいえ」

さり気ないプレゼントをキラは満足そうに口へ運ぶ。そんな姿を見ていたら嬉しくて涙が出そうになった。

「ラクス」

「はい」

「ホワイトデー、期待してて」

「ええ、楽しみにしていますわ」

にっこりと微笑むとキラもまた笑って返す。
空はいつの間にか夜へと変化し、窓の傍にあるフロアースタンドの照明が綺麗に街の風景を色づけていた。

「最高のプレゼントだ」

小さく呟いた言葉にじわりと心の奥が熱くなる。一つの言葉が一番大切なものなんて、キラは気づかない。
ふんわりと匂う香りが部屋を満たし、バレンタインデーの夜は更けていった。

甘い時間はこれから――――。










あとがきもとい言い訳。
久々のキララク話が時期ネタバレンタインでした。
この話は『dear my dear』に掲載した話の続きの話。
キラが23歳、ラクス18歳の設定です。
ジャズピアニストであり作曲家であるキラ、歌姫であるラクス。
なかなか好評だったので書いてみた話でした。
本当はインパクトでコピー本として出したかったのですが、諦め、久々のHPアップとなりました。
何気に私もこのシリーズは気に入ってます。