サヨナラのシンフォニーをあなたに
一つ星が生まれては消えてゆく、それは壮大な宇宙のシンフォニーのよう。
きっとあなたは優しすぎるのです、声にならない言葉を口の中で綴る。
ラクスはエターナルの艦内にある窓から宙(そら)を眺めて呟いた。
停戦を呼びかけ、デュランダルがいなくなったプラントは、漸く息を吐く暇ができたと言わんばかりに誰もが小さな息を吐いた。
そしてそれは地球でも同じことで、オーブの首長である友人のカガリ・ユラ・アスハも同じ表情を浮かべていたのを記憶する。
皆が疲れており、ラクスもまた疲れを顔に滲ませていた。
お休みしたらどうです、バルトフェルドに言われラクスは素直に従った。
だが、疲労しているせいもあって、なぜか目だけはしっかり醒めた状態にいるため、ずっと窓の外を眺める。
宇宙は広く、無数の星が瞬いているのを見つめてラクスは小さく息を吐いた。
これからのことを考えると先行きは不透明で、自分自身がどうしたいのか漠然としたものしか浮かばない。
そして何よりも、ラクスが一つだけ気になっていることがあった。
自分の想い人はどこへ行こうとするのだろうか。
地球に留まるのか、それとも―――。
考えかけた可能性をラクスは首を横に振って打ち消す。
いや、まさか。
そんなはずはない。
傍にいられるだけで幸せなのに、これ以上何を望むのか、自分を叱咤して視線を艦内へと戻した。
軽く浮いた身体をベッドの端に腰を下ろす。ベッド脇に置いてある写真立てを見つめてラクスは自然と頬を緩ませた。
まだオーブに隠れていた頃、マルキオ導師らと一緒に撮った一枚の写真。
あの頃の自分は何かを考えているようで、何も考えていなかった。
ただ時の流れに身を任せたかった、何かに逃げていた自分がそこにある。
そして何よりも彼は今よりも表情が乏しく、隣にいて淋しかったのを記憶していた。
傍にいても迷惑にならないだろうか。
傍にいて彼の役に立てているだろうか。
幾度となく自分へと問いただしたあの頃がひどく遠い存在のように思える。
短かったけれど、それはそれで幸せだった時間の一枚だった。
「迷ってるときではありませんのに・・・・・・」
小さな声で呟くと同時に軽く鳴るドアのセンサーに、ラクスは小さな鼓動を揺らした。
『ラクス、起きてる?』
ドア越しに聞こえた彼の声。
ただその声だけで幸せだと思える自分がおかしくて、苦笑いを浮かべながらラクスは答えた。
「ええ。どうぞ、キラ」
ラクスの声と同時にキラはドアを開けて、傍に歩み寄った。
ラクスは微笑みながらキラに挨拶をする。
「どうかしましたか、キラ」
「いや、ちょっとだけ気になったから・・・・・・」
言いよどむキラに、ラクスは目を瞠る。戸惑いの瞳がラクスの瞳を揺らし、ラクスは息を軽く吸い込んで言の葉を紡ぐ。
「眠れないのですか? それとも、」
「眠れない、と言うよりは気になるかなって思うことがあるんだ、多分」
「気になることですか?」
「うん」
頷いてキラはラクスをまじまじと見つめ、ラクスはその視線に落ち着かないのか軽く視線を逸らした。
そうまじめに見つめられても困ると言うものだ、とラクスは息を吐く。
「・・・・・・ラクスはプラントに戻るんだよね?」
唐突に問われた声にラクスは首を縦に振った。
「そのつもりです。キラはオーブへ?」
「うーん、ちょっと、ね・・・・・・」
覇気のない返事にラクスは小さく息を呑んだ。キラが曖昧な答えを告げるとは何一つ考えていなかった。
ただ驚かんばかりのラクスの顔に気づいてキラは苦笑いを浮かべただけ。
何を考えているのか、今のキラからラクスは読み取ることはできない。
でも一つだけ言えるのは自分の気持ちよりも他人の意見を優先させてしまう優しさをキラは持っているということ。
「・・・・・・キラは優しいですわ」
「え?」
そんな優しさは哀しいけれど好きだとラクスは思う。
「私、優しい人は好きですわ」
「ラクス?」
小さく微笑んでラクスはキラを見つめた。いつも向ける眼差しとはまた少しだけ違う、優しい笑み。
ラクスの微笑みにキラは訝しんで見つめる。
「ですから私もあなたを愛するのです」
あなたが好きだから、あなたが生きていればそれでいい。
ラクスはキラの優しさに触れながら、ずっと考えていた想いを綴る。
「ラクス・・・・・・」
「たとえどこへ行こうとも、どこで生きてようとも、あなたが生きていればそれだけでいい」
傍にいなくても、いつかまた逢えれば。
本当は傍にいて欲しい。
でも、それを望むことはラクスはできなかった。
自分の望む形を、望まれる形を飲むのであれば、キラとは違う道を行かなければならない。
迷っていたその気持ちがぴたりとラクスの中で嵌る。
覚悟を決めて前を向くこと。
それは自分の想いを貫いていけないことを示していた。
「私はそれだけで・・・・・・」
「幸せなんて言うの?」
キラはぴしゃりとラクスの瞳を見据えて言葉を口にする。
「そんな顔で幸せだって言える?確かに生きていること、それが最低条件だ」
死んでしまっては何もできない。生きていれば、明日があれば幸せなんだってことはキラもわかっていた。
でもそれは最低限の幸せであって、自分の望む幸せではない。
「キラ・・・・・・」
「君は何か勘違いしてるよ。君はそれでいいのかもしれない。でも僕の気持ちは?」
ごくりとラクスは息を呑む。
ぴんと張り詰められた糸がキラとラクスの目の前を走っているような緊張感が漂っていた。
「・・・・・・あなたが成すべきことは、」
言いかけたラクスの言葉をキラが遮り、ラクスは口を噤む。
「オーブももちろん大事だ。でもオーブにはカガリがいるし、それにアスランもいる」
「え?」
「さっき聞いたんだ。アスランはどうするの、って聞いたらオーブに残るって」
カガリの傍にいることを望んだアスラン。
そのうちオーブの中枢でカガリを支えるに違いないことはキラの目にも明らかだった。
『お前はお前の望む道を行け。お前はラクスの傍を離れる気はないんだろ?』
小さく笑って言うアスランの瞳につられて、キラもまた小さく笑った。
何だ、わかってたんだ、そう言うと『おばさん達のことは気にするな』とキラよりも先に言われてしまった。
一つだけ気になるとすれば、育ての親であるカリダ達だった。
キラはこの戦いが終わった瞬間、もう手離さないと決めていた。
離れることももちろん考えたが、やはり守るというのならば傍にいなければ意味がない。
「僕はラクスの傍を離れる気はないよ。少し遅くなっちゃうかもしれないけど、必ずラクスの傍にいるから」
「キラ・・・・・・」
つっとこぼれる一筋の涙をキラはそっと右の親指の腹でなぞった。
「好きだよ」
言葉にできないほどの感謝と、想いをキラは口にする。
僕は、君を。
「――――愛してる、ラクス」
サヨナラを告げるつもりだった唇にキラは触れる。
そっと口付けをし、やがて深く唇を交わすと、ラクスの瞳から一筋の光がこぼれ落ちた。
宇宙の壮大なシンフォニーに告げるのはサヨナラではなくて、未来への言葉。
やさしく星が瞬く空に誓う愛の言葉が鳴り響いていた。
終
本当はリクエストにあった「奏でる〜」の番外編を書こうと思っていたんですが。
気づいたらデス種の最後の方のネタが降って来ました、のでこちらをupです。
タイトルだけupしていた話でしたので、やっと日の目を見れて良かったなと思っています。