彼の謝罪、彼女の強さ






「あのっ……」

「な、何っ!?」


二人の男女が互いに驚いたのは、普段ほとんどしゃべらないせいでもある。
なぜなら、彼は彼女の彼を殺した本人。
自然と避ける形だったのは、互いに暗黙の了解だった。
そもそも、なぜこう言う形で居合わせたのか、それは偶然の作用なのだが。
本当にたまたまだったのだ。
休憩所で二人鉢合わせてしまった。
しかも今は二人以外誰もいない。
二人とも息を呑んだ。どうしようか、と。
そうして先に口を出したのは彼の方。


「いや、あのさ」

「………」

「ずっと言いたかったんだ。君に」

「…何を?」


「『ごめん』って。君の彼を殺したこと……」


そう言われ、彼女ははっとした。
彼は少し俯き加減で言う。彼女は抑えていた感情の一部が少しだが蘇っている。


「ほんとうに、ごめん」


彼は頭を下げる。丁寧に。彼女は黙ってその場から動けない。
こうやって謝られると余計に辛い。
彼女は少し顔を歪め、でも何かを必死で堪えようとしていた。


「…許す、許さないって言われたら…間違いなく後者を取るかもしれない」


彼女の言葉に彼ははっとする。


「けれど、違うでしょう?……私だってそんな感情持ちたくないし、それに今じゃあなたのこと味方だと思ってるから」


彼女はきっぱりとした口調で答える。その声は凛としていた。
何かを切り捨てるかのような声で。


「だから、今更って気がするけれど。でも……」


彼女はここで言葉を止める。息を少し吸い込むと、再び口は開いた。


「『ありがとう』。言ってくれて……」


少し泣きそうな顔をして、でも意思はしっかりとしている。
彼女は強いといつだか親友が話していた。
今なら頷けるだろう。そして、その言葉にどれだけ救われているのか。


「こっちこそ、ありがとう」


彼もまた彼女に礼を言う。今まで言いたかったのに、言えずにいた言葉。
お互いのわだかまりとなって残っていた。
それは許されるものではないとわかっているからこそ―――。
気安い言葉では呼べない。


「じゃあね」


そういって踵を返す彼女の背中を見つめる。
それは徐々に小さくなっていった。
何度も彼女の背中を見て謝ったことか。そして、何度も話し掛けようと思ったことか。
ただ、謝りたいだけだ。自分の自己満足のために。
わかってはいても、それでも―――。
それでも、彼女は応えてくれた。



ありがとう、そして、ごめん。




遠くなる背中を見つめ、思っていた。





彼女もまたこのとき思っていた。
許したい気持ちと許したくない気持ちが相反しているこの心に。
憎んだってどうしたって愛しい人は帰ってこない。
呼ぶ声は応える術がないのを、知っているから。

だから。

彼が謝ってくれたことが嬉しかった。
それだけのことだって、それでも―――。


トールは帰ってこない。


ならば、せめて……。


せめて。




声を掛け、踵を返すと元来た道を戻る。
肩が、膝が、手が震えていた。
それくらい、緊張していたのだ。
手には汗が滲む。恐らく二度とこんな汗なんてかかないだろう。


少しずつでいい。


徐々に許すことが出来るのなら。
それを、信じたかったから。



遠くで自分の名を呼ぶ声が気がした。
それは愛しい人の声だったような。
苦笑いしながらその場を後にする。
きっとどこかで自分を見守ってる彼に、会いたいなと思って―――。





END