一雫の勇気
『何!?シーゲルさんが?』
『―――え?』
その電話で父が亡くなったことを知った。
でも、泣かなかった。
父との約束だったから。
だから、泣けなかった――――……
そう、その約束はこの計画が実行に移されるかもしれないという時だった。
「ラクス」
「はい、父上」
「もし、私に何かあった時は頼むよ」
少し淋しそうに笑って、そのように見えたのは後ろの夕日のせいなのだろうか。
いつもの父のようには見えなかった。
「わかりました」
私は頷いて言葉を返す。
「それから」
「はい?」
まだ何かあるとは思わなかったので、ちょっとびっくりした私。
「――――たとえ私が死んでも涙は見せるんじゃないぞ。ラクスはあの艦の指揮官なのだ。人前でだけは泣くな」
ぴしゃりと言い放った父。さっきとは違う父の表情。
私はこくりと頷くと「わかりましたわ、父上」と返す。
その時はそこまで覚悟してなかった。
予想なんて、そんな未来なんて当らなければ良いと心のどこかで思っていたのは事実だ。
それがまさか現実になるとは……。
昔からある程度の心のコントロールはしてきた。
一人だけオトナの世界に混じって、歌を歌って。
周りの友達とは違うことも学校に上がったあたりから気付いていた。
でも表には出さず内側に押さえ込んで。
そうしてううちに慣れてしまった。自分の内側にある本当の感情を、コントロールすること。
最近まで近くにいた婚約者でさえ、私の内側までは見抜けなかった。
表だけ、そんな感じ。
だから涙でさえも悲しいことはコントロールして。
感動した時とかは普通に流せるのに、悲しいことだけ涙は出なくなっていた。
ぐっと堪えて、父の死を静かに受けとめる。
でも、この時はまさか自分のコントロールしていた感情が。
一人の少年によって崩されるなんて思いもしなかった。
そう、あの私がフリーダムを預けた少年、キラ・ヤマトに―――……
エターナルでプラントを出て、フリーダムに助けられながらAAやクサナギの待機するメンデルへと着いたのはつい先ほど。
私がエターナルから降りると、茶色の髪の毛を無重力の中でふわっとなびかせているキラ・ヤマトの姿があった。
どうやら私を待っていたらしい。
「やあ、ラクス」
彼の久しぶりの声に私は、にっこりと微笑んで。
「お久しぶりですわ、キラ」
と返す。それから場所を移して私たち二人は艦が全て見渡せる位置で一息つく。
しばし黙っていると彼の方から話し掛けてきた。
「フリーダムは僕が守ってるから、大丈夫だよ」
と、笑顔を見せ言う。彼らしい一面。
「ありがとうございます。…キラだったら、大丈夫だと思いましたの…」
上げていた顔を徐々に下に向かせながら私は彼に言う。
そう、キラだったら。
キラだったら大丈夫だと思った。
私たちの想いを託しても、届けてくれると信じてた。
私の内面を真正面から見つけた彼なら。
初めて彼と会ったのはAAの中で。
救命ポッドに乗ってる所を彼に保護された。
その時の彼は弱弱しいところもあるものの、でも芯のしっかりした人なのだと知った。
それから二度目に会ったのはプラントで。
地球のオーブ海での戦闘で負傷した彼をマルキオ様が連れてきてくれたから。
外傷はそんなにないものの、心の傷は深く、幾度となく涙してるところを見かけた。
そんな彼はそれでも強い。
真の強さがある。
彼にフリーダムを託したのはそう言う理由から。
戦わないための戦争に出る、そう言った彼の瞳の奥底を見てからだ。
彼だけだった。
私の内面を真正面から見てくれたのは。
婚約者は外側だけだった。本当の私に気付き始めた時はもう戦闘の真っ最中だった。
彼―キラは素直だし、反応も早い。
それゆえなのか、私のことも内面をしっかりと見据えてくれていた。
だから、信じようと。
私は弱い部分を決して外に出してはいけないと、この計画を実行に移す前に言われた。
だから我慢してきた。
今だって、大丈夫………。
彼の瞳を見ていると、なんだかホッとした。
と、同時にそれまで抑えてきた熱い感情が込み上げてくる。
ダメ、今は……。
今は、できない――――。
ずっと張りつめてきた心の壁が今にも崩れ落ちそうで。
「ラクス?」
そっと優しい声で、私の名を呼ぶ。
どんなに甘えたくても、弱音を吐きたくても吐けなかった自分。
やめて。
そんな優しい声で呼ばないで。
だって、私は指揮官だもの。弱音は言えないの。
だから。
だから――――……
もう、限界だった。
コントロールしてきた心の抑えが外される瞬間でもあった。
つっと一雫が流れる。
俯く私を見て、彼は覗き込もうとしたのだろう。
でもそれを見て彼は息を飲んだ。
もう、いいよね―――……
そう思ったら、自然と言の葉が喉から紡ぎだされていた。
「……父が…父が死にました……撃たれて……」
そこまで言うのが精一杯で。
「え?」
と彼の目が見開かれるのと同時に私は顔を上げる。
いつも優しい眼差しを注ぐ瞳。それでいて強い。
彼になら、弱音を吐ける―――。
「キラ!」
そう思ったのと同時に私は声を上げ、自然と彼に抱きつき、私は胸の中で声を押し殺して泣いた。
声は上げられないから。
だから、せめて涙を流すことで今まで張りつめてきた分を吐き出す。
父が亡くなった。
大好きだった父が。
涙を流すことさえ許されなかった。
だけど。
だけど、彼の前ならなぜか大丈夫だと判断して。
気がついたら泣きついていた。
「ラクス…」
彼は私の名を呼ぶだけ。
わかっているから。
私の心の中を知っているから。
だから――――……
彼は私を抱きとめたまま、嗚咽を最小限に抑えている私を見つめていた。
大事な人を亡くす悲しみは彼が一番知っているから。
抱きとめていた彼の腕が私の背中をそっとさする。
「もう、我慢しなくていいから……」
そっと耳元で囁かれるそれに、私は安心して彼に身を委ねた。
静かな空間に私の嗚咽と彼の優しい声が響く。
私の弱さと、彼の支えてくれる強さ。
混ざり合った空間の中で、私は時間の流れさえも忘れていた。
プライドを捨てて、他人に弱いと頃を見せたのなんか初めてだ。
支えられた腕が大きく見えた。
この腕に身を預けられるなら本望とさえ思ってしまう。
しばし時間が経ってから、私は手で涙を拭って俯いていた顔を上げた。
「大丈夫?」
彼は私を心配そうに見つめる。
「ええ。キラ、ありがとう」
そう言って私は最大級の笑顔を彼に向けた。
それが今一番の感謝の表し方。
「どういたしまして。こんなんで良ければいつでもどうぞ」
彼はくすっと笑うと、私の頬に残っていた雫を拭った。
ありがとう。
今はその言葉だけ。
だからもう一度言いたくなった。
――――ありがとう、と。
とびきりの笑顔を向けて……。
END