これはまだ玲と秋が小学生だった時の話―――……
7月7日。
この日は少し特別な日。
年に一度、織姫さまと彦星さまが出会える日……。
そんな記念すべき日だから、日本中の人々は願い事を一つお願いする。
玲もまたそのうちの一人だった。
短冊と折り紙とペンと笹を持って、隣に住む関根秋の家に転がり込む。
「秋ーっ!どこー?」
玄関で靴を脱ぐ玲の前に秋がやって来た。
「何?玲」
秋はいつも自分の後ろについてくる玲がかわいくて仕方なかった。
妹のような存在である。
「あ、今日七夕でしょ?一緒に願い事書こうと思って持ってきた」
ニコニコ玲が笑いかける。
「あ、そうだな。じゃあ居間で待ってて」
秋がそう促すと、玲は「うん」と返事をして居間へと向かった。
秋は部屋からはさみとのり、紐を持ってきた。
「一応必要だろ?」
ソファの前にあるテーブルにはさみなどを置いた。
「うん。ありがと」
早速玲はソファに座り、願い事を考え始める。
「う――――ん」
秋は台所からお菓子とジュースを持ってきた。
秋に気づき、玲は少し姿勢を正す。
「ありがと〜」
そう言って玲は満面の笑みでジュースを受け取った。
「どういたしまして」
秋はそう言うとチョコを一つ口に運んだ。
玲はジュースを飲む。
ジュースを飲みながら願い事を考えるが………決まらない。
「ね、秋は願い事決まった?」
考えかねた玲は秋に尋ねる。
「ん?まあ一応な」
ちょっとすまし顔で答える秋。
「えー!?何?教えて!」
玲はすがるよな目で秋を見る。
子犬が"拾ってください"と言うような顔を玲がするのだから、当然秋は困っていた。
玲にそういう表情をされると弱いのだ。
「ダメ。言うと効き目がなくなっちゃうだろ?」
秋は自尊心を保つためにも少しばかりきつく言う。
「そっか〜…そうだよね」
秋の言葉に納得して少ししゅんとする玲。
そんな玲を見て、秋は少し心が痛む。
「…なぁ、玲は織姫さまと彦星さまの話ちゃんと知ってる?」
秋にいきなり尋ねられた玲は、ぽかーんとした顔をしていた。
「うーん…実はよく知らない。秋は知ってるの?」
「うん。じゃあ、願い事を考えながらで良いからさ、話するから聞いてなよ」
「うんっ!」
秋が何かを教えてくれる時が、玲は好きだ。
こういう時の秋の目はすごく輝いているから。
そんな秋の横顔を玲は黙って見ていた。
秋は一口ジュースを飲むと、話し始めた。
「天帝の娘の織姫はとても機織が上手で、天の川の西の岸辺に住んで、毎日機織の仕事に精を出していました。
仕事ばかりしている織姫を哀れに思った天帝が、天の川の東の岸辺に住む働き者の牛飼いの青年彦星と織姫を結婚させることにしました」
秋が話をするのを黙って聴いていた。
とてもわくわくしながら。
「ところが、結婚してみると二人は楽しく遊び暮らすだけで、機織や牛飼いの仕事を怠けてばかりするようになりました。
みかねた天帝は、二人をもとの天の川の両岸に引き離し、年に一度7月7日の夜だけ会うことを許しました。
二人は年に一度を楽しみに再び一生懸命働くようになりましたが、雨が降ると水かさが増して渡ることができなくなります。
そんな時はカササギの群れが翼を連ねて橋となり、二人を会えるようにしてくれている…と言われているんだ」
秋が一通り話し終えると、再び玲の方を見る。
「へぇ〜。そう言う話しなのかぁ。一年に一度しか会えない悲しい物語だと思ってた」
「まぁ、大半は合ってるけど、やっぱり理由があるんだよな」
玲の感想に頷きながら秋は答える。
「一年に一度、好きな人に会えると思って仕事に励んで…うん、いいな♪」
玲は自分で言ったことに頷く。
と、その時だった。
玲の頭の中で願い事が浮かんだのは。
ペンを取り、書き始める。
秋も自分の短冊を作り終えると他の飾りを作り始めた。
しばらくすると……。
「うん。できたっ!」
玲の元気の良い声が部屋に響き渡る。
「じゃあ、願い事笹に吊るそうか」
「うん」
二人仲良く吊るし始める。
他の飾りつけも添えて、ベランダに笹を飾った。
そのまま二人で外を眺める。
もう薄暗い。
その中に星が一つ輝き始める。
「あ、秋!星あるよ!!」
星のある方角を指で指す玲。
「今日は無事織姫さまも彦星さまも会えるみたいだな」
「うん、そうだね。よかった〜」
玲は遠くの星を見ながら言う。
二人の間に心地よい風が吹いていた。
「さ、そろそろ夕食だよ。秋も食べに来てってお母さんが言ってた」
「じゃあ、お言葉に甘えて行こうかな?」
「うん。じゃあ、もうそろそろいこっ」
そう言うと玲は秋の背中を押してベランダを後にした。
残された笹は心地よい風に揺られ、なびいていた。
―――ずっと秋とは仲良くできますように……
―――玲。
―――玲とこの先も仲良くできますように……
―――秋
二人の願いは笹と星だけが知っていた……
終