[六月のある日]
西浜中学の後輩からハガキが来ていた。
「設楽先輩、その後おかわりありませんか。
いろいろと相談にのってもらってありがとうございました。
おかげさまで・・・」
差出人は文化祭実行委員をやっている生徒だ。
一年ほど前、突然やってきて、いきなり「サヨコをやりたい」とか言いだして驚かされたことはよく覚えている。
(今年のサヨコもうまくいくといいね)
ハガキを読み終えると、オレはひさびさに中学時代のことを思い出してしまった。
三年前、中学三年生のオレは文化祭の実行委員長をやっていた。
その年は、いまでは西浜中で伝説になっている「六番目のサヨコ」の年にあたり、いろいろたいへんだったんだ、これが。
平林塔子は副委員長で、バスケ部の部長兼務という多忙の身でありながら、てきぱきと要領よく仕事をこなして、本当に助けてくれた。
オレはそんな塔子のことを憎からず想っていたのだが、文化祭が終わってしまえば三年生はもう受験一色で、彼女とはそれ以上の付き合いはなかった。
そして、今年。
オレは高校最後の夏くらいは「思い出作り」ってヤツをしようと心に決めていた。
その手始めにと岬町の夏祭りに彼女を誘ってみるつもりだ。
そう、今年の夏はひと味違う…ハズだった。
しかしながら・・・。
塔子も忙しい身。
なにしろ、全国レベルの高校バスケ部のレギュラー張っているくらいなのだから。
彼女もまた高校最後の夏に賭けているんだ。
最初に塔子の家に電話したときには、バスケ部の合宿中とのことだった。
家の人はオレのことを覚えていてくれた。三年前に文化祭の準備やらなんやらでよく連絡してたからだろう。
で、次に連絡を入れたときには、家の人が彼女の携帯の番号を教えてくれた。
塔子とのホットラインってやつだ。
(おいおい、これってちょっとした前進なんじゃないか?)
[六月下旬のある日]
(またあの子たちいるぜ)
図書館にはいつもの女子中学生二人組がいた。
この春以来、彼女たちをよく見かけるようになった。
ひとりは髪の毛が立つくらいのショートヘア、もうひとりはリボンでロングの髪を束ねていた。
今日は平日なので、ふたりとも西浜中の制服を着ている。
母校の制服を見るのは久しぶりだったので、しばらく二人の後ろ姿を見ていたら、ショートの方が、こちらを伺うように頭を廻らした。それでオレが見ているとわかるとあわてて手許の本を読む振りにもどる。と、そこへリボンの子が彼女を肘で突っついていたりするんだ。
へへっ、かわいいもんだね。
[七月某日]
っと、のんきにしていたらもう夏祭りの三日前。時間の余裕などない。
相変わらず塔子には連絡が取れていない。
とりあえず、留守電に待合せの場所と時間をいれておいた。
彼女が約束を承知してくれるかどうかは分からない。
でも、とにかく当日はその場所で待ってみるつもりだ。
[夏祭りの当日]
オレはいつものように図書館にいた。
まあ、そろそろ受験のこともチラつくころだし…、ってそんなことよりも・・・。
待ち合わせの時間に余裕を見てそこを出ようとしたところで、女の子に呼び止められたんだ。
「あの、設楽先輩?」
誰かと思ったら、あのショートヘアの方だった。
「突然すみません、お願いあるんです。でもすっごく急いでて、詳しいことはお伝えできないんですが、でもきっと設楽さんなら…」
女の子からはなにか切羽詰まった様子が伝わってくる。
「おいおい、事情がよく分かんないんだけど。聞いてあげるから話してみてよ」
「彼女…あたしの友達に今から会ってもらえないですか?彼女、ずっと設楽さんとお話しできるチャンスを待っていたんです。でも、まごまごしているうちに手術の日取りが決まっちゃって…」
「友達って、いつも君と一緒にいたあの子のことだよね。手術ってことはどっか具合悪いの?」
「なんでも外国で手術を受けるんだって、それでこれからこの町をたつところなんです。だから、その前に、あこがれの設楽さんから一言でも彼女に声をかけて力づけてもらえないかと」
「ああ、そういう事なら今から行こうじゃないの」
一瞬、(駅へ寄ってから塔子との約束に間に合うのだろうか)と頭をかすめたが、彼女の出発する時刻を聞いてそれも吹っ飛んじまった。
(あと20分ほどで彼女の乗った列車がでる!)
オレたちは、文字通り、図書館を飛び出した。
しかし、駅へ行くバスは一足先に出たばかりだった。
次のが来るまでには15分ほど待たなければならない。
「あちゃ〜、これだから田舎ってヤツは…」
とボヤいている場合ではない、オレは駅までダッシュするハメになった。
・・・・
結局……。
彼女に会うことはできなかった。
踏切で目の前を通り過ぎる列車に向かって、腕をぶんぶん振り回して、「がんばれよー」と思いきり叫んだ。
それがオレのできる精一杯だった。
遠ざかっていく列車に向かって、もう一度だけ、「がんばれよ」と声をかけると、オレは振り返った。
オレは、ずっしり重い脱力感にとりつかれながら、とぼとぼと塔子との待ち合わせ場所に向かっていた。
遠くの方から、祭りの開始を告げる花火の音が流れてくる。
彼女との約束の時間はもう間近に迫っていた。
・・・・
その場所に着いたとき、約束の時刻はたっぷり1時間は過ぎていたはずだ。
もうすっかり日も暮れて、塔子の姿どころか人の気配もないようだ。
(やっぱ、いるわけないよなぁ)
「オレって、何やってんだろ」
とため息の代わりに口に出してみて、そのせいでさらに大きな脱力感に襲われかけたとき・・・。
「大遅刻だよ。そっちから呼び出しといて、それはないでしょ」
そこに浴衣姿の塔子が現れた。
おどろいた。
ド肝を抜かれたとはこのことだ。
「わっ!す、すまん」
「まったく、時間にルーズなのはあの頃とちっとも変わってないんだから」
「わ、悪かったよ、この通り!」
「長い間、女の子ひとり、よくもこんな心細いところに…」
「ホ、ホントにゴメン。許してくれ…るわけないか」
と、彼女の眼には見る見る涙があふれていく。
「ずい分…ずい分、待たせてくれたものだよね」
「塔子?!」
「キミのこと、ずっと待ってたんだから」
「わ、悪い。ずいぶん長い間待たしちゃったみたいだね」
うつむいたままの塔子にひたすら焦るオレ。
「ね、どれくらい待ったの?」
ちょっとした沈黙の後、塔子は答えた。ほとんどささやくような声で。
・・・三年間・・・。
(終)