あ、と思った時には遅かったんじゃないかって思う。
気づけば目の前にいたのは黒髪をまとう少女。
彼女の名は―――津村沙世子。
「あ、津村さん……」
親友の見舞いの帰りだった。自分のせいで怪我をした親友の。
「あ、花宮さん……」
二人の間には気まずい沈黙が流れる。
あの日、彼女には頬を叩かれ、私は叫んでいた。
どれだけの人間に迷惑をかけたか、今ではよくわかっている。
巻き込んだ人間にはある程度謝ったが、彼女だけはまだだった。
タイミングをいつも逃してしまうというか。
だから、こんなのは予想外だった。
まさか、こんなとこで会うなんて。
「潮田さん、元気だった?」
言葉に躊躇してる私にそう尋ねてきた、そのことがすごく驚いて「あ、うん。元気だよ、玲は」とどもる。
そっかと呟くと彼女は「じゃあ」と言って親友の部屋へと向かおうとまた動き始める。
あ………と思った時には彼女の腕を掴んでいた。きょとんとした顔で私を見つめる。
「ね、ちょっとだけ時間いい?」
今の私に言える一言だった。
病院の中庭は広く、緑がたくさんある。子供達のはしゃぐ声に老人がしゃべる声。
陽があたってとてもあたたかい。その中の一角のベンチに腰掛ける。
なんとなく、声をかけにくい。
こうやって連れて来たはいいけれど、どうもこの空間が重かった。
「花宮さんは、サヨコになりたかった?」
突然彼女から質問され、思わず息を止めた。
さらりと流れる風は少しずつ春の訪れを感じさせる。
「……うん、なりたかった」
自分の正直な気持ち。憧れていた、サヨコになると言うことに。
淋しかった、気づいて欲しかったあの時の気持ちは今ではだいぶ薄れている。
「そっか」
「憧れだったの。私の知ってる人が変わってるのを見たら、私もなれるかもしれないって思ったから、なりたかった」
物語の主人公に、なりたかったんだと思う。
二人の間には先ほどの重い空気はいつの間にか消えていた。
今は穏やかな風が流れるように、心が落ち着いていられる。
「憧れ…かぁ……」
「でもね、正直妨害してる時は淋しくて仕方なかった。結局は偽者だもの」
「そうね……」
今なら言えるかもしれない。
早まる鼓動を抑えながら、一つ息を吸う。
これから言う言葉は勇気のいる言葉だから。
「津村さん、ごめんなさい」
身体を向き直して、頭を下げた。
友達とケンカしても謝ることなんて難しいことじゃないのに。
彼女の前では違う。何か感じる威圧感。
「それからありがとう」
ひっぱたいてくれてありがとう。
あの時叩いてくれなかったら目、覚めなかった。
一瞬虚をつかれたような顔をして、すぐに元の顔に戻す。
「こっちこそ、引っ叩いてごめんなさい。痛かったでしょう?」
「ううん、いいの。痛い方がいい」
「そう?」
「目覚ますためにはあれくらいいたい方がいい」
「そっか」
「うん」
ありったけの勇気振り絞って、やっと言えた言葉。
ほっとして何だか力が抜ける。
謝罪の言葉と感謝の言葉。
相反する言葉なのに、今には似合う。
不思議だなと思いながら隣に座る彼女を見つめた。
「あ、じゃあ私そろそろ行くわ」
「うん、ごめんね、引き止めて」
「ううん、気にしないで。それじゃ」
「また学校でね」
そう言って別れる。彼女は病室へと戻り、私は未だこのベンチに座って。
なんか疲れたなと思う。でもどこかですごく満足してる自分がいる。
多分まだ親友の病室で話してるだろう彼女らのことを思いながら、ようやく重い腰を上げた。
ごめんね、ありがとう。
多分、明日はきっと天気がいい。
終