05. チェロの音色


低く響く音が自然と耳に届く。
思わず足を止めた先に見つけたのは優しいチェロの音色を奏でる人の姿。
路上で弾いているその人と音に引き止めらる。
どうしてだろう、懐かしい気持ちが溢れて思わず目を細めていた。

懐かしいと思ったことには理由があった。
随分と前、中学と言う青春時代を過ごした時間、あの時間に一度だけ生で聴いたことがあったから。
あの時は親友と恋人と一緒で、少しだけ緊張したのを覚えている。
二人とも涼しい顔をして、自分だけが緊張してしまって、こんな場所初めてだからと言うのもあったのかもしれない。
奏でるクラシックの音よりも両隣が妙に気になったのを記憶していた。
自然と溢れる懐かしい音。
なじむ音に首を傾げて考えると、ああそうか、と納得する。
考えてみればあの時と同じ曲だったと。

『私この曲好きなのよね』

親友の声が耳の奥で囁く。
ああ、そうだったね、と思わずその声に返した。

『チェロの音って良いだろ?』

恋人は穏やかに微笑んで言葉を口にする。
あの時よりも進んでしまった時間の中、戻すことはできないけれど、懐かしい音色だけは覚えている。

「いい音だなぁ」

呟き、ゆっくりと周りを見回した。同じように音に惹かれて足を止める人だかりの中に見つけた、一人の人。
一瞬誰なのかわからなくて、躊躇したけれどその人は自分を見て微笑む。
何で、どうして。
少しだけ混乱して動けなくて、でもしっかりと視線だけはその人を追っていた。
少しずつ近くなる距離。ちょっとだけ遠回りして、自分に近づくその人。

「玲」

耳に届くのはあの時と変らぬ優しい声。

「秋・・・どうして・・・・・・」

三週間前、ケンカをして以来声を掛けられずにいた。
謝るタイミングを逃したと言ってもいい。ずっと声を掛けられず、月日だけは過ぎて行き、このまま何も話せなかったらどうしようと思ってもなかなか動けなかった。

「ごめん」

「私のほうこそごめん」

素直に謝られて、自分もまた自然と謝罪の言葉が口から零れ落ちる。
青春時代、あの時は素直に謝ることができたのに、大人になるとそれができなくて。
でもこの音色を聞いて思い出したあの時の素直さ。
それがきっと背中を押したのかもしれない。

「なんかね、秋に会いたいって思ったんだよ」

この音色のせいなのかもしれない。
懐かしい音に触れて素直な気持ちを思い出したのかもしれない。

「俺も、会いたいって思った」

優しく微笑むとそっと手を取り、握り締める。
重ねた手からつたわるぬくもりに触れながら歩き始めた。
あの時分かち合った思い出と。
過ぎていった季節を想いながら二人は寄り添う。

蘇る記憶、懐かしいぬくもり。
素直になることの大切さ。
どれをとっても大切な記憶の欠片。
それを思い出したのは、チェロの音色が二人の心に響いたからなのかもしれない。






*あとがき*
久しぶりの六サヨです。しかも大人になったバージョン。
しっとり恋愛系(笑)なんて。ちょっと嵐の『明日の記憶』聞いてたらしんみりとなったので、それが影響されているかもですね。
私はチェロの音色大好きですよ。ちなみにこの二人が聞いていたのは『無伴奏チェロ組曲』です。バッハのね。