不思議とね、月夜の夜は彼が構ってくれる。
甘えたら返してくれる。それは決まって月が出た夜のこと。
色々と大変そうで、でも疲れた顔をしていてもどんなにくだらない話をしていても、彼は構ってくれる。
だから、月の出る日は好きなんだ―――。
「ねー、ねーってミサカはミサカはあなたに疑問を投げかけてみる」
「・・・・・・? どォしたんだよ」
「んーっとね、今日は月が出ている日なんだよ。しかも満月なの。知ってた?ってミサカはミサカは尋ねてみたり」
「・・・・・・んァ? それがどうかしたのかよ?」
「んー、私にとっては特別な夜なんだよってワクワクしながら答えてみる」
「・・・意味わかんねェ」
しかめっ面のまま隣で本を読んでいた一方通行がちらりとこちらを見たのを打ち止めは逃がさなかった。
「だってね、月夜の魔法って言う言葉があるくらいなんだよってミサカはミサカは丸く光る月に想いを馳せてみたり」
「そォですか。・・・ったく、誰だよ、コイツに変なこと教えたヤツは」
軽くため息を吐きながらぱたりと本を閉じた一方通行は再び息を吐く。
「あれ? 呆れてるのってミサカはミサカは不思議そうにあなたを見つめる」
「・・・何おとぎ話みたいなこと言っちゃってるんですかー・・・って言っても、ガキだから仕方ねェか」
「もう高校生だもん、子供じゃないもんーってミサカはミサカは頬を膨らませて怒ってみたり」
「ハイハイ。そうやってすぐムキになるところが子供だって言ってるんだろォが」
呆れ顔の一方通行に打ち止めはしゅん、と頭を垂れながら違うもん、と小さな声で呟いて抵抗した。実にささやかな抵抗でもあるのだが、一方通行はそれを気にも留めなかったのか近くに置いてあったペットボトルに手を伸ばした。キャップを開け、ごくりと喉を鳴らす。
気にも留めないほどの存在なのだろうかと思うと何だか淋しくなって、打ち止めは制服のスカートの裾をぎゅっと握り締めた。いつものことだし、仕方ないしとか色々と頭で考えているとぽす、と軽く頭を叩かれる。
え、と顔を上げると真っ直ぐに見つめる紅の双眸と目が合った。
「・・・で? どォしたら特別になるんだ?」
何もなかったかのように会話を元に戻した一方通行を見て、打ち止めの瞳は輝きを取り戻した。きらきらと瞳を輝かせて、あのね、と話し始める。何だかんだ言って話に付き合ってくれることが嬉しくて、思わず身体を前のめりにしながら唇を動かした。
「月が出てる日はね、なぜかあなたがたくさん話をしてくれることが多いの、ってミサカはミサカは今までの統計を述べてみる」
「はァ?」
眉間に寄っていた皺が更に深くなった一方通行だったが、打ち止めはそれを気にすることなく話を続けた。
「この間もたくさんお話した日があったでしょ、とミサカはミサカは数日前のことを指してみたけれど、あなたは覚えてる?」
「・・・・・・あァ、やたら煩かった日だな」
「もぉ! またそういう意地悪言う」
「事実だろうが」
「違うもん、ってミサカはミサカは文句を言ってみたり。・・・ってまた脱線しちゃったことに気づいて話を戻してみる」
「・・・そォですか」
「あ、今少し呆れてたでしょ」
「別にィ」
「・・・いいもん。とりあえずそれは置いといて・・・・・・事実、月が出ている日は話をすることが多いんだよってミサカはミサカは手帳で書き記しておいたものをあなたに見せてみる」
「・・・暇だな」
「暇って、ひどーい!とミサカはミサカは最大級の怒り方で攻撃してみた!」
ぽかぽかと一方通行の肩を叩きながら打ち止めはささやかな抵抗を示す。だが、一方通行にとってはへでもないらしく、顔色一つ変えないままで軽く打ち止めの額を人差し指で弾いた。
「いた・・・っ!」
「別に痛くないはずですけどォ?」
「痛かったのー!ってまた脱線した!」
はっと気づいて打ち止めは話を元に戻そうと真剣な眼差しで一方通行を見上げる。そしてちら、と窓の外に浮かぶ月を眺めながら打ち止めは言葉を口にした。
「本当にこうやって話をすることが多いんだよ・・・ってミサカは嬉しい気持ちを吐露してみる。その嬉しい気持ちを忘れないように手帳に記すことにしているの、ってミサカはミサカはページを捲りながらその時に想いを馳せてみたり」
本当に嬉しかったのだろう、打ち止めの表情がふわり、花が開いたように柔らかになった。あの頃とは違う少し大人になった顔が艶を増す。なぜ無防備にもそんな表情を見せるのだろう、と一方通行は思わず口の中で軽く舌打ちする。
ガキだガキだと片付けていた間にいつの間にか大人の女性のような表情を見せるようになった。
そう、こうやって気づかされるのは決まって月が出ている夜。
一方通行とて気づいていたのだ。
月が出ている日のことを。そしてなぜ自分が話をしてしまうのかも。
「・・・あァ、そォですか」
素っ気無いような言葉を口にして一方通行は白く藍色の空の中で一際目立つ月を見上げる。
打ち止めはそんな一方通行の隣に身体を寄せると肩に頭を預けた。何度も守ってもらったその腕に沿うようにして形良い唇から言葉を綴る。
「だから月の出てる夜は好きなんだよ・・・あなたが優しいから。ちゃんと話をしてくれるから」
大好きな人がちゃんと話を聞いてくれる、話してくれる、それが一番嬉しいと打ち止めは思う。
「あっ・・・! でもいつものあなたも優しいよって慌てて言葉を付け加えてみる」
はっと気づいてフォローしてみるものの「へェ」の短い一言で終わった一方通行に不安そうな眼差しを向けた。いつだって優しいけれど月夜の日だけは倍くらいに優しい、それを伝えたかったのだが、伝わったのかイマイチわからない。
誤解してたらどうしようとかぐちゃぐちゃに混ざり合った頭で考えても埒が明かなかった。
だが、そんな打ち止めの心を知ってか知らずかはわからないが、自分の肩に寄りかかっている打ち止めの頭を色白の手が小さな頭を抱き寄せた。
何も言わずとも行動で一方通行の気持ちは伝わってくるようで、何だかふいに瞳にじわりと熱いものがこみ上げる。
こんなのずるい、と打ち止めは口の中で呟いた。
でもそのずるさもひっくるめて打ち止めは一方通行のことが好きだと自覚する。
「・・・やっぱりあなたってずるいよね、ってミサカはミサカは少し頬を膨らませたまま言ってみた」
「・・・・・・嫌なら離れるけどな」
「イヤイヤって首を最大限に振ってみた。それは絶対嫌なのーっ!!」
「・・・だったら黙ってろ」
「はーい」
一方通行のため息と打ち止めの行儀良い返事は同時。
にこにこと嬉しそうにしている打ち止めを横目で見つめながら肩を軽く竦めた。
こうしているといつもの表情なのに、時折り見せる表情が一方通行の心を揺さぶる。
ガキだガキだと思って甘く見てたら痛い目を見るよ、と言われているようで。
「・・・めんどくせェ・・・・・・」
「・・・? 何が?」
「べつにィ」
敢えて口には出さない。自分の奥にある感情がざわざわとざわめき立つ。
それが打ち止めが言う月夜の日の話。
嫌なことを思い出させるなと文句を言いたいが、色々とけたましく煩くなりそうな気がしたので一方通行はため息でそれを誤魔化した。
一方で打ち止めはそんな一方通行の肩に寄り添いながら笑みを浮かべていた。
嫌だとも言われていないし、離れろとも言われていない。でもそこにいていいとも言われない。
でも何となくわかるような気がした。
揺れ動く気持ちが。本当に嫌なら振り払ってでも行ってしまう人だということも知っている。
定位置に座り込んで打ち止めはそっと瞼を閉じた。
次の月夜はどんな表情を見せるのだろうか。
そんなことを思いながら打ち止めはそっと次の月夜を待ちわびていた。
終