「あ、始まったわよ」
「おー、ホントだ」
「やっぱり自然の神秘よねー、こういうのって」
「まぁ、人間には成せないことだからなんだろうなぁ」
ぼんやりとベランダで缶ジュースを開けながら上条当麻と御坂美琴は夜更けに空を見上げて手すりに寄りかかっていた。今日は何年かに一度ある皆既月食。学校でも話題に上がっていたから、ということもあって上条の部屋でその様子を見ることになっていた。お互い別にどこで見ようとかそう言う話があったわけではない。気づけば当たり前のように上条の部屋に美琴がいて、二人で空を扇ぎ眺めていた、ただそれだけのことである。
昔ならばさっさと門限までに帰ろよと上条が言っていたのだが、いつの間にかその言葉はなくなった。お互い少しずつ大人になってゆく過程の中で、傍にいることが当たり前となっていたということもあるが、美琴が中学を卒業したことも大きいだろう。中学を卒業すればある程度自分の責任で動いているため、敢えてそれを言う必要もなくなった、の方が正しいかもしれない。
まだ美琴が中学生の時はお互いケンカもしたし、いつもどこかそれを楽しんでいるところもあった。文句を言いながらもそれが普通で、恋愛なんて言葉、一つも出てこなかったのもこの頃だ。美琴の方は上条を意識していたが、上条は全くと言っていいほど気づかなかったものである。
「不思議だよな」
「ん? 皆既月食がってこと?」
「いや、お前とこうやって見てることが、かな」
感慨深げに言う上条に美琴は首を傾げた。何をいきなり言い出すんだ、そんな表情で上条を見つめていたが、何かを思い出したのか、美琴の形良い唇が開いて言葉を紡ぐ。
「まぁ・・・そうかもね。アンタ、私のことなんてこれっぽっちも気にしてる感じなかったし」
「いや、それはですね、色々とありまして・・・」
「わかってるって。アンタは困ってる人がいたら手を差し伸べたくなる人間だってこと。そこもわかってて一緒にいるんだから、気にしなくていいわよ」
くす、と笑いながら美琴は思い出す。昔の自分ならばこんなこと言えなかっただろう。嫉妬の方が先に勝ってしまって、つい上条を追いかけて、そうやって困らせてた。何があってもこの人の味方でいると決めたのはもう随分と前、遠い昔のことのように感じるがまだそこまで時間は経っていない。だが、あの時の時間があまりにも濃すぎたため、今の時の流れの方がゆっくり動きすぎている、そんな気がしてならなくて。その中でも上条との時間は着実に増えていた。不安なこともたくさんあるけど、好きな人の傍にいたいと思う気持ちはあの時よりもずっと強くなっていることに美琴は気づいていた。
「俺さ、この間気づいたんだよ」
「? 何を?」
「漠然とさ、未来って浮かんだりするもんだろ?」
「まぁ・・・そうかもね」
「お前との未来は不思議とちゃんと浮かぶんだなって思って」
「―――え?」
それは予想もしなかった言葉。この歩く道の先、未来の道の中に自分は立っているのだと上条は言う。驚いて逆に声が出ず、ただただ上条を見つめていた。月なんて眺めてる場合じゃない。その言葉の意味を美琴は知りたかった。
「例えば、ここ行きたいなって思えば自然と誰と行くかとか考えるだろ? 一人でって言う選択肢も確かにあったりするんだけど、お前とどこか行ったりとかしたりとかすることの方が自然と増えてるんだ。不思議だよな」
上条の笑顔を見つめながら美琴は昂ぶる想いを必死に押さえ込む。どうしていいのかわからないのはもちろんだが、それ以上にこの胸が熱くなる気持ちをどうすればいいのか、わからなかった。
「な・・・によ、それ。アンタ、今までそんなことひと言も・・・・・・」
「前はそんなこと考えなかったんだよ。でもさ、こうやって一緒にいる時間が増えて、お前がそこにいることが当たり前になっててさ。俺も驚いてるんだけど」
何で、こんなこと普通にさらりと言うのよ、と口にできない言葉が胸の奥で次々と溢れ出した。
「私のこと、めんどくさいとか色々言ってたくせに・・・・・・」
声が自然と振るえ、美琴はそれを抑えるように缶をぎゅっと握り締めた。嬉しいのに、すごく嬉しいのに、それに反する気持ちの方が口を突いて出てしまう。
「まぁ、お前結構ビリビリやるしめんどくさいこと多いけどさ、でもお前といるの嫌いじゃないんだよ」
「え・・・・・・?」
「だから、不思議だって・・・うわ、お前泣くなって! 何いきなり泣いてるんだよ!」
「うるさい、バカ! いきなり言われてびっくりしないわけないでしょ!」
「え、ここ俺、怒られるとこなの?」
ぽかぽかと軽く上条の手を叩き、美琴は瞳からこぼれ落ちる雫が頬を伝って落としていた。その雫がコンクリートを濡らす。嬉しい気持ちとどうしていいのかわからない気持ちとが鬩ぎ合っていた。ただ言えるのは気持ちが昂ぶってしまい、制御が利かなくなっているということ、それだけ。
「バカバカ! そう言うことは何で早く言わな・・・・・・」
叩いていた腕を上条が掴むと、その手が止まる。上条の真剣な眼差しに美琴は息を呑んだ。今日の上条当麻は少しおかしいとさえ思ってしまう。いつもならもっとバカっぽいこととか色々と言うのに、自分を怒らせることなんてしょっちゅうだったのに、どうして嬉しいことばかり言うのか。
「なぁ、美琴」
「・・・・・・何よ」
「俺さ、お前いないと面白くないわ」
「・・・・・・気づくの遅いわよ」
「俺、鈍いし」
「そんなの前から知ってる」
「でも、そんな俺でもお前は笑ってくれてるんだって思ったら・・・・・・」
「思ったら、何よ?」
「ただ、嬉しかったんだ」
一つの小さな嬉しい気持ちや楽しい気持ちが重なって、それが少しずつ大きくなって、そして今があるのだと上条は気づいた。そしてそれにはいつも隣に美琴がいたのだ。インデックスの時とは違う心に満たされる想いがそこにあった。それに気づくのは随分と時間がかかったけれど。
「いつもありがとな」
「・・・・・・何、今更言ってんのよ」
知ってるわよ、私だってそう思ってきたんだから、と小さな声で美琴は返した。唇を尖らせたままなのは照れからなのだろう。そんな彼女を大事にしたいと思い始めたのはいつからだろうか。
「私の中にはずっと前からアンタと描く未来があったわよ」
きっぱりと答えた美琴の言葉はやけに凛としていて、上条の心を揺らす。
半歩だけ前に出ると美琴は捕まれた手とは反対の手で上条の頬に触れた。指先がその熱を伝える。
「アンタと一緒にいる覚悟はとうの昔からできてる。・・・・・・バカ」
「バカは余計だけど」
「バカにバカって言って何が悪いのよ」
悪態つきながらも、でも笑みを浮かべる美琴に上条は小さく息を吐いた。これだからいつまでたっても敵わないと思う。昔からそのつもりでいてくれた、それが嬉しくないわけない。
「これからもずっと一緒にいてくれ、美琴」
その声に答えるのは数秒後。
月が隠れたその瞬間に、二人の影は静かに重なっていた。
進んだ道のその先に、二人で歩く未来を願いながら―――。
終