どこからその歯車はかみ合わなくなっていたのだろう。
大事な人だと意識しているのに、その意識がうまい具合に絡み合わない。
心の底から笑って欲しいのにどこか遠慮している、そんな風に見えてどうすればいいのかさえもわからなくなっていた。
ただ自然に笑ってくれたらそれでいい、それでいいはずなのに欲だけは一つ、また一つと増えてゆく。
緊張しているのかもしれない、だから遠慮するのかもしれない。
最初はそう思っていたのだが、そうじゃないのかもしれないと気づいたのはここ最近のことだった。
「御坂? どうかしたのか?」
「へっ? あ、ごめん」
「いや・・・別にいいけど、疲れてるなら帰っていいからな。無理しなくても・・・・・・」
「無理なんてしてない!」
ぴしゃりと言い放つ美琴に上条はびくりと身体を震わせた。驚いた上条に気づいた美琴は「ごめん」と小さな声で謝る。ここ最近の美琴はどこかうわの空で、疲れているなら帰ろうと促す上条の言葉を勢いよく否定した。ここ毎日このやりとりの繰り返しで、上条はがしがしと頭を掻くと、手に持っていたジュースを口に含む。一体どうしたというのだろう、と上条はできるだけ思い起こして思い出してみるものの、これといってきっかけとなる事柄は見当たらなかった。
そよそよと風が静かに頬を撫でる。飲み終えたジュースの缶を少し遠かった警備ロボット近くまで投げると、それに気づいたロボットが缶を吸い込む。それを遠目で眺めながら上条は美琴へ、ちらりと盗み見た。美琴が上条の視線に気づいているのか否か、ここからではよくわからない。ふぅ、と一つ溜息を漏らして上条は尋ねた。
「なぁ、御坂」
「ん?」
「お前、最近どうしたんだよ。どっかうわの空って言うかさ」
「それは・・・・・・」
上条の問いに美琴は押し黙った。こう黙られても困る上条としてはどうしていいのかわからない。そもそも女の子の扱いに慣れていないのに(インデックスは女の子と言うよりも居候だったし)、どうすればいいという選択肢はほとんど残されていなかった。原因がわからなければ解決はできない。
兎にも角にもこの現状を打破したいと考えた上条は再度問う。
「なぁ、ホントにお前らしくねぇよ。俺、どうしていいかわかんないしさ。お前の希望って言うか、何がしたいのか言ってくれよ」
俺も困るしさ、と苦笑いを浮べる上条に美琴はしゅん、と項垂れた。別に項垂れて欲しくて言ったわけじゃないんだけどなぁ、と上条は一つ溜息を漏らしながら数歩美琴の方へ歩み寄るとその腕で抱き寄せる。驚いたのは美琴の方だ。チョップでも食らうんじゃないかと思ってただけに、まさか抱き寄せられると思っていなかったのだ。いくら恋人と言う関係になったからとはいえ、甘いことなんてなかった身としては逆に吃驚してしまう。
付き合い始めてからまだ日は浅い。上条相手だからもっと時間がかかると踏んでいた分、美琴も油断してたということもあった。
逆にどうしていいのかわからないのは美琴のほうだった。どう距離を取ればいいのかわからない。
傍にいたいのは確か。
でもどこかで気持ちが遠慮しているのも事実。
何せ、上条の傍にはいつもあの小さいシスターがいた。
どうして上条の家にいるのかと問い質した時は置かれた立場とか色々と知って逆にイギリス清教に殴りこんでやろうかと思ったこともある。事情を知れば知るほど逆に美琴は遠慮してしまったところもあった。
でも恋心はそんな遠慮を踏み越える時がある。結局、自分の気持ちばかりを優先にはできないと思ってしまったのが原因だった。
正直な話、上条が振り向いてくれるとは思ってなかった。もちろん気持ちは伝えたが、それでも鈍い上条のことだからと自分のことを見てくれる可能性は低いと思っていたのだ。だから逆に振り向いてくれた時は嬉しいのと同時に戸惑ったのも事実。
嬉しいのに、その気持ちを素直に表せない。
好きなのに、素直になれない。
もっと甘えたい気持ちだってあるし、普通の恋人らしいことだってしたい。
「だって、私もどうしていいのかわかんないんだもん・・・・・・」
ぽつり、と呟いた言葉に上条は眉を潜めた。
「アンタ、恋人らしいこととか言ったら逆に身構えちゃうでしょ。それは嫌だなって思うし、でも・・・・・・」
「そういうこと、してみたいってことだろ?」
くす、と笑った上条の音が美琴の耳元で聞こえる。こくりと小さく美琴は頷いた。
「お前はお前らしく色々と言えばいいじゃん。今更だろ。遠慮なかった御坂はどこいったんだよ」
「それ、酷くない?」
遠慮ないってさ、と美琴はぶつぶつと言うものの、逆に上条がその腕を強く抱き締め返したものだから小言も喉の奥へと引っ込んだ。一体どうしたのだろう、上条はと思ってしまうくらいに美琴は動揺を隠せない。
「まぁ、お前の外野も色々とうるさいけどな。でも大人しい御坂はらしくないだろ。お前は元気なのが一番だからさ」
「・・・・・・ん? 外野?」
「ああ、白井とかな。お前、ここ最近おかしいって白井や初春たちに思われてたらしいぞ。で、俺に文句が来た」
「あのバカ・・・初春さんまで・・・・・・」
美琴は苦く笑う。そこまで自分の様子はおかしかっただろうか、と思いあぐねるもののこれといって思い当たる節は見つからない。
ただ、黒子だけはわかってもおかしくなかった。ルームメイトであり、相棒だから。小さなことでもすぐに気づく。上条と付き合い始めた時も黒子にだけは先に言っておこうと思ったのもその理由からだ。小さなこともすぐに気づく。時間の問題だと腹を括り、そして黒子に報告はした。面白くなさそうに言ったものの、何とか納得してもらえたのだが。
「・・・・・・なぁ、御坂」
「何よ」
「もっとお前は甘えていいからな。もっと近寄っても良いんだ。そりゃ、お前とこういう形とはいえ名がつく関係となった以上、それぐらいわかってる。それぐらいの覚悟はあるって」
「女心には鈍感なのに?」
「うっ・・・・・・。それでもだよ。逆にお前が思う形を言ってくれよ。そのとおりにならないのは分かってるけど、俺らは俺らの形があればいいじゃねぇか」
はっとして美琴は目を大きく開いた。ああ、そうかと一人納得する。形を押し付けてその通りにするんじゃなくて、形からでも自分達の形を作り上げていけばいいだけのこと。恋人、と言う枠に囚われすぎたのもあるけれど、どこまで上条に踏み込んでいってもいいのかわからなかった。踏み込みすぎたらきっと嫌われる、それがどこか心の奥底にあったのかもしれない。
上条にだけは嫌われたくない。
逆に恋人になってその気持ちが強くなってしまった、というのもある。
「それにさ、俺だってお前の心に土足で踏み込んだことあっただろ。今更なんじゃねぇのか?」
それが何を示すかわかっていた。美琴はうん、と首を縦に振る。
それが示すのは一方通行との一件だ。もう自分が死ぬしかないと思った時、上条は美琴の心に土足で踏み込んできた。
でも土足でも何でもいいから踏み込んできてくれたことが嬉しかった。ずっと一人で耐えていた分、上条の存在はどれだけ大きかったことか。
「・・・・・・そうね。今更かもね」
くすくすと笑いながら美琴は肩を震わせた。嬉しいのに、なぜか泣けてきたのだ。
涙が美琴の瞳に溢れる。嬉しいのに泣けてくるなんて、何て矛盾。
それでも、上条が自分の言葉で何か伝えようとしてくれていることは嬉しかった。自分と向き合ってしゃべってくれることが。
「たまには良いこと言うじゃない」
「たまには、は余計だ。・・・・・・美琴」
「・・・・・・え?」
今自分の名前で呼ばなかっただろうか。美琴は動揺から顔を上げようとするものの、逆に上条に押さえ込まれる。
きっと今顔を見られたくないのだろうことはすぐにわかった。美琴の頬に熱がじわりじわりと滲み始める。
「まずは名前呼びから・・・じゃねぇの? お前、前から俺のこと名前で呼ぼうとしてただろ」
「・・・・・・っ! 気づいてたの?」
「そりゃ、あんだけ口がどもれば気づくって。逆にお前はお前で呼ばれたかったんだろ?」
「・・・・・・いつも鈍感なくせに、なんでこう言う時だけ気づくのよ」
上条の言葉が当っているだけに美琴は何だか悔しい気持ちでいっぱいだった。でもどこかで気持ちは満たされている。ずっと呼んで欲しかった、自分の名前を。
「バカ当麻」
「バカは余計だ」
「本当のこと言って何が悪いのよ」
「ったく、お前はやっぱりそういう奴だよ」
「悪かったわね」
「でもそれが悪いなんて言ってないけど」
素直じゃない言葉を口にしながら二人は公園の片隅の木に寄り掛かる。
緑がさらさら風に揺れ、頬が撫でると上条は一人呟いた。
「これからも頼むよ・・・美琴」
「わかってる、当麻」
少しだけくすぐったい想いを胸に美琴は少しだけ緩んだ腕の中で顔を上げた。
照れくさそうな顔を見つけて笑うと、上条は少しだけ顔を逸らして「うるせぇ」とだけ呟く。
甘えていいって言ったのは上条。
だからもっと甘えてやるんだから、そう心に決めて美琴は上条に抱き締め返した。
終