09. 巡り会う星の話


今日は晴れ。雲ひとつない星が瞬く夜。だが、この学園都市から天の川を眺めるにはネオンの光が多すぎた。
ロマンチックのかけらもないのだが、なぜか星を見ようという話になって今に至る。
ベランダから眺める星は狭く少ないのだが、それでもいいかと思ってしまうのは隣にいる存在があるからだと御坂美琴は感じていた。

「美琴」

「ん? ああ・・・ありがと、当麻」

手渡された汗のかいたグラスが美琴の手に滲んだ。夜だというのに暑さは残っている。
ヒートアイランド現象よね、と胸の内で溜息を吐きながらからん、と揺れた氷の音がひんやりとして気持ちよかった。

「まだこの時間でも暑いなー。今日は風が少ないからかもしれないが、いつもより暑い」

「暑い暑い言わないの。こっちまで暑くなるじゃない」

「それは失礼しましたー・・・ってやっぱここからだとそこまで星は見えないなー」

「仕方ないわよ。でも案外見れるものね、星」

「そうだな。今日は七夕、今日くらい星を眺めてもよろしいかと」

「まぁ、その意見には賛成だわ。たまにはこういうのもいいわね」

距離のあった二人の間を詰めて、美琴は「ねぇ」と顔を上げた。擦り寄る猫のように自分の肩に頭を預ける美琴に「どうした?」と聞き返す。

「・・・・・・やっぱ何でもない」

「そうか?」

「ん」

言葉を止めたのは何となく自分のロマンチスト具合に気づいてしまったから。
何考えてるんだか、と一つ息を吐いて美琴は夜空を仰ぐ。星の明かりは少ないものの、それでも一等星、二等星あたりまでは綺麗な形で瞳に映った。

「・・・なぁ」

「んー?」

「本当は何か気になったことがあったんじゃないのか? 何か気になったなら言えよ」

柔らかな音だった。その音に紡がれた言葉は美琴の心にじわ、と染み込む。
今更遠慮するな、そう言ってるように聞こえた。
何でもとは言わなくても、ある程度のことは知ってるんだし遠慮することないだろ、それが上条当麻の本音。

「なん・・・で?」

「そんなことも受け止められない男だと思われたのなら、上条さん的には心外なんですが」

「別に、そういうわけじゃ・・・・・・」

「じゃあ、別に話してもいいだろ?」

「そうなんだけど・・・・・・子どもっぽいとか、そう思うかなー・・・って思って」

ロマンチックだとかさ、と唇を尖らせながらだんだん声が小さくなる美琴に「ばーか」と上条は言う。

「気にしなくていいって。話したいこと話せよ、美琴」

自分の名前を呼ぶ声が愛しい、ふいにそう思った。
そうね、と頷いて美琴は話し始める。ある星の話から感じた、自分の素朴な疑問を。





「七夕といえば織姫と彦星じゃない?」

「ああ。神話ってやつか?」

「神話とはちょっと違うんだけど。織姫と彦星って悲恋な話としては有名でしょ」

「一年に一度しか会えないってやつだよな」

上条の言葉に美琴はこくりと頷く。美琴はグラスを弄ぶように持ち直した。

「そう。出会ってお互い好きになって夫婦になって、でも二人とも仕事をしなくなって別れさせられたのよね」

「そういえばそう言う話だったな」

上条も昔絵本で見たのを思い出した。

「でも、泣いて暮らすものだからかわいそうってことになって、ちゃんと仕事をするんだったら一年に一度は会ってもいいって許可がおりるよね。そしてめでたしめでたしって感じで終わるんだけど」

「悲恋とも言えるしハッピーエンドとも言えるし」

「うん。で、思ったの。『一年に一度も会える』、なのか『一年に一度しか会えない』なのかって」

美琴が言わんとすることが何となくわかった上条はああ、と頷いた。
一年に一度も会えて嬉しいと感じるのか、一年に一度しか会えない・・・でも嬉しいなのか。
会えないよりは会えるほうがいい。でもたった一年に一度しか会えなかったら自分はどうなんだろう、そういうことだなと上条は結論付ける。さすがに美琴との付き合いも長くなれば何となく考えていることは読めるのだ。
特に似ている部分を持っているだけに、その疑問は手に取るようにわかった。

「お前はどっちなんだ?」

「私? 私・・・どっちなのか正直わかんない」

「ふぅん」

「だって会えるのは嬉しいもの。でも一年に一度しか会えなくて、また来年って別れる時絶対に淋しいし苦しいって思うのよね。でもまた来年会えるならって思うのかなーとも思うし」

「まぁ、それは俺もよくわかんない、の方が正しいかもな。その時々で感じるのは違うだろうけど、一年に一度しか会えない日が近づくと嬉しいって思うだろうし」

「うん、そうなのよね。これが私だったらって一瞬だけ考えたってわけ」

「それで躊躇ってたのか?」

「子どもっぽいかなーってね」

苦笑する美琴にいいや、と上条は笑った。

「そういう考えは嫌いじゃないけどな」

「本当?」

「ああ、本当」

頭を預けながら美琴は「織姫と彦星かぁ」と呟いた。
自分だったらまずそういう状況には絶対にさせないだろうと思うため、最初からその話は成り立たない。
だが、一年に一度とまで言わなくても、上条が突然姿を消す可能性は少なくなかった。
誰かのために自分が出来ることをする人だから。
自分のためだと言って助けに行ってしまう。たとえそれが遠い場所でも。

ふいに沸き起こる寂しさに美琴は自分の腕を上条の腕に絡めた。
暑いとか文句言われるかなとも思ったが上条は一瞬身体を硬くしたもののすぐに「どうした?」と美琴へ尋ねる。

「ううん。何でもない」

「お前の何でもない、は当てにならないぞ」

「そんなことないもん。・・・大丈夫だから」

「何が大丈夫なのか、上条さんはちっともわかんないんですけどね」

肩を竦めて上条が言うとそうだよね、と美琴は小さく笑った。
傍にいるのに嬉しいはずなのに、ふいに淋しくなる時がある。
何でなのかは美琴にもわからない。

「なぁ、美琴」

「ん」

空気が一瞬だけ変わった。上条の身体が動くと、美琴の視線の位置が変わる。
あ、とふいに顔を上げた美琴と上条の視線が交わると上条の腕が強引に美琴を抱き寄せた。
刹那、美琴の身体が硬くなり、反射的に逃げようとした美琴を逃すことなく上条は深く口づけた。


深い口づけの後には静かな吐息だけが残る。
どこかで感じたのかもしれない美琴の一瞬の寂しさ。それを包み込むように上条は美琴を離さなかった。
今までの自分のしてきたことが反射的にそうさせているということは何となく上条も気づいている。
誤魔化しても誤魔化しきれない美琴の素直さが逆に上条の心を捕らえていた。
理屈じゃない、強さの裏にある美琴の弱さを知っているからこそ守りたいと思った。
守りたいと思ったと同時に生まれた愛しさ。

「・・・・・・力出なくなっちゃったじゃない」

どうしてくれるのよ、と立つ気力さえ失った美琴を支えながら上条はそうだなぁとのんびりとした口調で答える。

「今日は帰したくないって言ったらどうする?」

「そんなの即答に決まってるわ。帰らないに決まってるでしょ」

顔を赤らめたまま美琴が睨み上げるように上条を見上げて、照れている美琴が可愛いと思うのだからある意味反則的だと上条は思う。

「・・・・・・その表情反則」

「そんなこと・・・」

ない、と言おうとした台詞は途中でぶった切られる。
しばし無言で互いの顔を見つめた後に二人の顔から笑顔がこぼれた。

「どうしちゃったのよ」

「今日の美琴は素直だなぁって思っただけだけど?」

「あら、私はいつだって素直だけど?」

「顔はいつも素直で言うことは反対だろうが」

「・・・・・・否定しない」

自分でも思い当たる節はある。否定したところで言い返されるのがオチだ。

「お、認めるか。やっぱり今日の美琴は素直だなー」

くすくすと笑うと上条は華奢な美琴を抱き上げた。お姫様だっこで抱き上げられた美琴はぽかん、と軽く口を開ける。

「ちょ・・・ど、どうしたの?」

「お姫様だっこといえば、お持ち帰り、だろ?」

後の流れなんて美琴も知ってる。
おどけた口調で言うものの、上条の表情は柔らかく楽しそうだった。
そんな顔を見られて嬉しくないわけがない。

「・・・・・・お手柔らかにお願いします、王子様?」

「努力はします、お姫様?」


今日は七夕。一年に一度彦星と織姫が会える日。
空の上の二人も大事な時間を愛しく感じているのかな、と思いながらもう一度空を見上げた。
今度はもっと星が見えるところで一緒に見ようね、そう約束を交わして。
二人の長い夜は続いていく。





*あとがき
なんとなく七夕用に考えついてしまった上琴話です。本来なら七夕であげるべきなんでしょうが、昔から旧暦の方で祝ってたので、いまだに7月7日に違和感(笑)。そんなわけで今日upしたのでした。ほのぼのでもあり、ちょっとシリアスのような二人の会話。少しだけ未来のお話です。でも最後にはバカップルのような気がする・・・これ。ラブコメちっくに書きました。