01. さよなら大好きな人


「あれ、お前も遅いんだな、今日」

薄暗い夜道、上条当麻は目の前に歩いていた少女に気づいて声を掛ける。少女は上条に気づいて振り返った。

「・・・アンタは補習?」

「そういうこと。って、お前おいしそうなもん食べてるなー。上条さんは補習でくたくたですよ、と」

「そこに売ってたクレープよ。たまに食べるのよね。昔はよく黒子たちと一緒に放課後食べてたんだけどさ」

はむ、とクレープを食べながら美琴は答える。おいしそうに食べる美琴を見ながら上条の腹の虫が鳴った。
ぐぅ、と間抜けな音を出す上条の腹の音に美琴はぷっと吹き出す。

「アンタ、本当にお腹空いてるのね。そこのコンビニで何か買ってきなさいよ。鞄は預かっておいてあげるから」

「そうか?じゃあ、悪いがちょっと鞄見ててくれ」

「はいはい。いってらっしゃーい」

おう、と美琴の言葉に返す上条は向いにあるコンビニへと駆け出した。上条の鞄と自分の鞄を持ちながらぱくり、と再びクレープを自分の口へと運ぶ。自分より広い背中を見つめ、溜息を吐く。いつもと変わらない会話、いつもと変わらない態度。当たり前だが、その当たり前が時折うっとおしく感じる時もある。
上条と美琴の仲を名にするならば「友達」だ。友達ではあるが、それは表の姿で、実際は美琴の方が上条にそれ以上の気持ちを抱いているのだ。いつこのバランスが崩れるか、それは美琴次第でもあり、上条次第でもある。
上条は自分にそんな感情を抱いていない、それは最初からわかっていることだった。わかっていて、その隣が誰も決まっていないのなら、せめて友達の中でも良い位置にいたい、そう願っている自分がいる。我ながら子どもみたいな願いだと自嘲するものの、それを捨てる勇気もなければ、口にする勇気もなかった。
時折その距離が切なく苦しい。
友達以外に何も思われてないのが。
そしてその隣にいることも最近では辛くなり始めている。
上条が気づかないだけで上条へ向ける視線の何割かは美琴と同じようなものだということは、同じ女であれば気づくことでもあった。
少なくても気づけば声を掛けてもらえる。こうやって話をすることだってできる。
ただそれだけの特権にしがみつく自分に時々辟易していた。
どうやったら楽になれるんだろう、恋の迷宮に入ったままもう一年以上も抜け出せないでいた。

「御坂ー」

「おかえり。何買ったの・・・って、からあげか」

「そのバカにした反応は何でせうか。からあげは意外と奥の深い食べ物であってですね、決してバカにされるような・・・」

「はいはい。バカにして申し訳ありませんでしたー」

「うわ、その言い方ムカつく」

「いつものことじゃない、今更でしょ」

ぷい、と視線を逸らして美琴は残っているクレープに口をつけた。甘い香りが鼻をくすぐる一方で、香ばしい香りが隣から薫ってくる。からあげとクレープ、匂いは断然からあげの方が強い。美琴はしかめっ面をしてクレープを口に放り込んだ。

「からあげ、何味買ったわけ?」

「え? 柚こしょうだけど」

「どうりで匂いがそれなりに強いわけだ」

がっくりと項垂れた美琴に上条は首を傾げる。

「どうかしたのか?」

「どうもこうも、その匂いがきつくて私の食べてるクレープの味が薄れただけの話よ! 少しは他の食べてるものを考慮して買いなさいよ」

「そんなこと言われても、」

「はいはい。アンタはアンタの食べたいものを買ったのよね。わかってるわよ。さっさと食べなかった私も悪いからそれ以上は言わない」

はい、と上条の預かっていた鞄を手渡して美琴は腰を上げた。寄り掛かっていた柱から離れると美琴は軽く鞄を払う。
今日の自分は少し機嫌が悪い、と言う自覚はあった。これ以上余計なこと言ってけんかしないうちに帰ろう、そう思っての行動だったのだが、そんな美琴を怪訝そうな眼差しで上条は見つめた。

「どうしたんだ?」

「どうしたんだ、って帰るんだけど?」

「ふーん。今日のお前は少し素っ気無いのな」

「は? そんなことないわよ」

「そうか? いつもはもっと絡んでくるくせにさ。今日はやけに素っ気無いなぁと思って」

まぁ、熱とかないならいいけどと言う上条に美琴は唇を尖らせて、視線を逸らした。変なところ妙にカンがいいものね、と一人美琴は悪態吐く。だがその言葉が声になることはない。全て美琴の胸の内に押し隠したままなのだから。
その押し隠した感情はどれだけ蓄積されているかわかったものではない。少なくてもここ最近限界を感じ始めている。
何で私コイツのこと好きなんだろ。
ちらりと上条を盗み見ながら美琴は溜息を吐いた。
どうしようもないとわかっていてもやめられないのが恋だ。やめることができているならとうの昔に辞めている。
気持ちを伝えてさっさとさっぱりしてしまえばいいではないか、いつも思うのにそうできないのは、やはり上条との関係を壊したくないから。一度口にしてしまえば元には戻れない。いつものように話ができるかなんてわからないから。
この学園都市にいる七人しかいないレベル5の一人である御坂美琴がなんでこんなことで振り回されてるのよ、そう叱咤するのに結局は上条と一緒にいたい気持ちの方が強くて、それをできずにいた。
恋に振り回されるただの高校生、それが御坂美琴、本来の姿。

「別に、そんなことないわよ。だったら言ってみなさいよ、いつもの私と違う私って何?」

ずい、と身体を前に出して美琴は尋ねる。その勢いに若干たじろいだものの、上条はうーんと考えあぐねていた。

「そうだなぁ。やけに素直だなーって思ったら、文句を言うくせにオレのせいだって言わないだろ。あと、」

「え、まだあるの?」

ぽかん、と口を開いて美琴は上条をまじまじと見つめていた。

「あるある。今日のお前、少し大人しいなって思ったな。突っかかってこないしさ。何か悩みでもあるのか?」

「・・・・・・そう言うアンタは元気良さそうね」

「それだよ、御坂。そう言う反応が珍しいって言ってるんだって」

「は?」

「突っ込みに勢いがない」

至極真面目に答える上条に美琴は口の話を引き攣らせていた。へぇ、ほう、とただならぬ闇が上条を捉えようとする。

「言うことはそれだけ?」

「いやいやいや、俺は素直に申し上げただけですよ。これでも真面目な答えなんだが・・・・・・」

「アンタ、私の電撃の槍を食らいたいみたいねぇ」

「そんな滅相もない!ってその言葉久々に聞いたな!高校生になったらこういうことはやらないって言ってなかったか?」

「それとこれとはちがうと思うんだけど?」

びり、と美琴は自分の手のひらから小さな光を放っていた。ぴりぴりした電気に上条は自分の食べていたからあげを勢いよくのみこむ。

「み、御坂」

「何よ」

「ほら、」

そう言いながら上条は最後の一つを美琴の口に放り込んだ。放り込んだ瞬間、美琴の唇と上条の指先が触れる。そして開いたままの口の中に押し込まれたからあげに驚きながら美琴は咄嗟にそれを頬張らせる。もぐもぐと噛み砕き、ごくんとそれを飲み込んだ。驚いた美琴は目をぱちくりと瞬きを繰り返し、上条を見上げる。

「ほら〜、おいしいでせう?」

「・・・・・・あんたねー!!」

「うわ、たんま!落ち着け、御坂!!」

何がそんなに怒らせる要因になったのか上条は理解できなかった。
ただいつもと違うと指摘しただけである。それが逆に美琴の神経を逆なでしたらしい。

「あ、アンタ、何してんのよ!!」

「いや、だからなにやら苛立ってるみたいだから、美味しいものでも食べれば直るかなぁと」

思ったんだけどさ、と上条は居心地悪そうに視線を逸らした。美琴は驚きと、戸惑いと、ただどうしていいのかわからない感情の間で揺れ動く。上条の指先が自分の唇に触れた、それだけでこんなにも動揺してしまうのだ。
こんな自分では駄目だと美琴は、少し泣きそうな瞳を視線を下へ向けることで隠した。
こんな顔見られたくない。
こんな自分が嫌だった。
くるり、踵を返して美琴は逃げるように立ち去ろう、そう駆け出すその一歩で腕を掴まれる。

「なぁ、ごめん。俺、まずいことしたか?」

「まずいと思ってないなら謝らないでよ、バカ。それに怒ってないから手、離して」

「御坂、本当に今日どうしたんだよ。お前らしくな・・・・・・」

ぐい、と引っ張って上条は美琴を振り向かせる。だが次の瞬間、上条は言葉を失った。
一筋の線が頬を伝っていることに気づいたから。
御坂美琴は、泣いていた。

「え? 腕痛かったか? ごめん、手加減したつもりなんだけど・・・」

慌てる上条に美琴は首を左右に振って答える。そうじゃない、そう身体で伝えるものの上条には分からなかったらしい、ごめんと謝る上条に美琴は「だから違うって言ってるじゃない」と言い放った。

「アンタじゃない、アンタのせいじゃないから」

「だったらなんで泣いてるんだよ」

「それは・・・・・・っ!」

美琴の瞳が迷いを産む。
自分でも感情がコントロールできていないのにそれを説明などできるはずがなかった。
そのコントロールが出来ないまま、美琴は言葉を必死に考える。でも鈍っている思考回路は違う言葉を口にするだけだった。

「それは・・・だから、気にしないでって言ってるでしょ」

力なく言う美琴に上条は掴んでいた手をぐい、と引っ張った。引き寄せられた美琴は上条の腕の中にすっぽりと埋まる。
何が起きているのか理解できず、ぱちぱちと目を瞬かせた。何がどうしてこんな状況になっているのか、美琴にはさっぱり理解ができない。

「本当にどうしたんだ? 御坂。お前がいつもどおりじゃないと俺も困るだろうが」

「何で、アンタが困るのよ」

「調子狂うって言ってるだろ。それとも何だ、恋の悩みかなんかか? 俺でよければ相談・・・・・・」

「何でアンタが相談にのるなんて言うのよ!」

上条の言葉を遮るように美琴は言葉を放つ。
こんなの八つ当たりだってわかってる。こんなことしたって上条が困ることもわかってる。
でも感情の波は留まることを知らない。

「何で、アンタが・・・言うのよ・・・・・・」

ぐい、と涙を拭って美琴は項垂れた。こう簡単に言われると眼中にない、そうはっきりと言われているようで。

「いや、それは・・・・・・」

「どうせいいのよ。私かわいくなんてないし、すぐつっかかっちゃうし、全然かわいくな・・・・・・」

「かわいいって、お前は」

「へっ!?」

「お前が何に悩んでるかはわかんねぇけど、お前はかわいいんじゃねぇの?」

きょとんと大きな瞳が上条を見上げる。一瞬だけ花がぱっと咲いたような気がしたのだが、すぐにその花は萎れた。
それは意識してないから言えることであり、上条はまさに美琴を意識してないと言っているようなもの。現に照れずにそんな言葉を口にするのだから美琴がそう考えて当然と言えば当然だった。

「そんな、期待するような言葉・・・簡単に言わないでよ。期待させないで」

「期待させないでって・・・お前、俺のことが好きなわけ? そうじゃない・・・・・・」

なら、別に気にすることないだろ、そう言うはずだった上条の言葉が途切れる。明らかに動揺した顔がそこにはあった。

「冗談・・・だよな?」

困った表情の上条を見て、美琴は苦笑した。ああ、そっかと美琴は一人納得する。
やっぱりそうなのよね、と美琴は思う。困った顔をしても、美琴は上条のことが好きだ、その事実は変わらない。

「アンタがどう思おうが勝手だけど、私のこの気持ちは嘘じゃない」

ぐい、と涙を拭って美琴は上条を真っ直ぐに見上げた。
案外心が決まれば言葉はするりと紡ぐことができる。


「私はアンタが好き」


上条の緩んだ腕の中から美琴は離れると、じゃあねと言い捨てて立ち去った。
立ち去る美琴を呆然としたまま上条はその背を見つめるものの、ただただ戸惑うばかりでどうしていいのか正直わからない。
冗談で口にした言葉だった。
だが、冗談じゃないと美琴は言う。
去り際、拭った涙の跡が上条の目に焼きついて離れなかった。
泣かせたのは自分だ。だが、どうしていいのかわからず、上条はその場に立ち尽くしていた。

美琴は寮に向かってただひたすら走る。
頬に残る跡が少しだけひりひりと痛んだが、それを治す術を今持ち合わせてはいない。
きっと振られるだろうことは予想していた。
上条に好きな人がいないこともわかっていた。
自分に望みなんてないこともちゃんと理解していた。

そのつもりでいたのに。

どうして涙が溢れてくるんだろう。
何度も何度も拭っても瞳から溢れてくるのか。
それを流し出すように、ただ美琴はひたすら月夜に照らされた道を走る。
きっと今までの関係ではいられなくなる。
そう思ったら余計に涙が出てきた。
自分で蒔いた種だから仕方がない、と思う。
その一方でやっぱり何でこんな馬鹿なことしちゃったんだろうと思う自分もいる。
感情の波をコントロールできない。
それぐらいに美琴の恋心は悲鳴を上げていた。
ただ、それだけのこと。

元に戻れるなんて思ってない。
きっとまた会えば困った顔をする。
だから今のうちに美琴は呟く。
ありがとう、と。

―――さようなら、私の大好きな人。
     さようなら、私の恋。



.初の上琴での続きのあるストーリーになります。ちょっとばかり切ない路線ではありますが、目標はハッピーエンドですので、安心して読んで頂ければ、と思っています。 タイトルは私が好きな花*花の曲のタイトルから引用させて頂きました。 時間軸は未来、高校生な二人です。 4話構成の第一話です。