01. 雨の降る日は

しとしと、と静かに弧を描く雨は大地を濡らしていた。ここ数日続いた晴天もとうとう雨雲に負けたらしい。
ずっと晴れっ放しもどうかと思っていたから良いとしてもまさか自分の鞄に折り畳み傘が入っていないとは思わず、眉間に皺を寄せて溜息を吐く。自業自得と言えば自業自得だから仕方がないか、と御坂美琴は軽く項垂れた。
こういう日は寮の同室である白井黒子にテレポートを頼みたいところだが、生憎風紀委員の仕事が入っているためそれも頼めそうにもなかった。頼んだらそれこそ仕事を放り投げかねないところも持ち合わせている。
しないとは思うが申し訳ない気持ちにもなるため、美琴は走って帰ることを選択した。

(まぁ、仕方ないわよね。濡れる覚悟で走るか)

諦めの気持ちを持ちながら美琴が外へ一歩出ると、先ほどよりも強い雨が身体に打ち付けた。
ええー、と文句の言葉を口にしようかと思ったが、それよりも走った方が早いと判断した美琴は全速力で駆け出す。
だがその全速力も空しく、さらに強くなる雨が身体を打ち付ける度に美琴の体力を奪っていったため、限界だと思ったところで店の軒先に避難した。びっしょりと濡れた服がごわごわと美琴の身体に張り付く。

「やっぱ黒子の仕事が終わるまで待った方が正しかったかなぁ」

やめた方がいいと判断したのは自分だから後悔はしないと思っているものの、その気持ちとは反して口から出た言葉に美琴は苦笑した。何、言ってるのよと同時に突っ込む。
さて、どうするべきか。
まだ止みそうにない鉛色の空を見上げて美琴は軽く溜息を吐いた。

「あれ? ビリビリか?」

「え?」

ぼんやりと空を見上げていた美琴の耳に聞き覚えのある声が届く。自分を『ビリビリ』と呼ぶのは一人しかいない。
視線を向けると、美琴よりも身長の高い、いつもと変わらぬその人が立っていた。

「アンタ・・・何やってんの?」

「何やってるは俺のセリフだと思うんだが? で、ビリビリはどうしてここにいるんだ?」

「ビリビリじゃなくて御坂美琴って名前があるんですけど・・・って今は怒る気にもならないわ。見てわからないの? 雨宿りよ、雨宿り」

「そんなにずぶ濡れで?」

「・・・うるさい」

むすっと不機嫌な表情を浮べて美琴は返す。美琴の表情と状態を見れば話は分かりやすく、ごく簡単な答えを目の前にいる青年――上条当麻は導き出した。

「傘忘れて走ったはいいけど、雨が強くなって走るのやめたってところか?」

「否定はしないわよ」

素直じゃない自分の言葉が少し憎く、でも言ってしまうのだから仕方ないと諦めた気持ちで美琴は上条を見上げる。
まじまじと上条は美琴を見つめながら提案を投げた。

「途中まで一緒に帰るか? 寮までなら送れるぞ」

「へっ?」

一緒に、と言う言葉に反応した美琴は瞬時に脳裏に浮かんだ図に顔を赤らめた。と、同時に浮かんだ絵を勢いよく打ち消す。何考えてるのよ、自分!と一人突っ込むもののそれに答えてくれる者は誰一人としていない。

「そのずぶ濡れの状態だと風邪引くだろ?」

「ま、まぁ・・・確かにそうだけど・・・」

「こうやって見かけたのに無視してくっていうのも寝覚め悪いだろーが」

「そうかもしれないけど・・・」

でも、とぶつぶつ何か言っている美琴に上条は首を傾げた。何をそんなに戸惑っているのか、上条の顔にはそう書いていた。
その表情に気づいた美琴は一人動揺している事実に気づき、そうだった、コイツはまったくもって何も考えてないんだったとがっくり項垂れる。そうなると遠慮してる自分がバカらしくて。

「・・・わかったわよ」

そう言いながら美琴は上条の傘の中に入る。全く眼中になくて萎える心と、傍にいられる嬉しさの間で複雑な乙女心は揺れ動いていた。それに気づかない上条は色々と話をし始める。
珍しく傘を持っていたのはいいが、いつもならなぜか傘が壊れた状態になってたとか、骨がバラバラになったこともあるらしい。
そんな他愛のない話に相槌を打ちながら、美琴は自分の濡れている身体が上条に触れそうになる度一人ドキドキしていた。
気持ちを自覚した後だと尚気持ちが落ち着かない。どうしていいのかわからないのだから。
(気づいてほしい・・・でも気づいて欲しくない)
好き、と言う気持ちは自然と美琴の身体から溢れ出しそうで、それを抑える術をまだ美琴は持ち合わせていない。
クールにそんな気持ちなんて隠せるくらいの大人になれたら、そう思うもののまだ子供なのは十分自分でもわかっていた。
いつもどおり冷静に、それが上手くコントロールできない。
自然と距離を置こうとする美琴に気づいて上条は首を傾げた。

「御坂、そのままだと濡れるぞ」

「えっ!? あ、ごめん・・・」

「もっとこっち寄れって」

傘の柄を持っている方とは反対の手で美琴の手を掴み、引き寄せた。
急に触れられた美琴は目を大きく開いて口をぱくぱくさせる。顔が更に赤くなりそうで、そうならないことを祈りながらちらりと上条を見上げた。

「風邪引かないように傘に入ってんだから濡れたら意味ないだろ?」

「そ、そうね」

そうよね、と言葉を繰り返す美琴に怪訝そうな表情を浮べて上条は美琴へ視線を向けた。
俄かに赤くなる頬、ぼーっとしているその目に見覚えがあった上条ははっとする。

「お前、もう熱出てるんじゃ・・・」

「え? そ、それはない・・・ないない!!」

「そうか? でも顔赤い・・・・・・」

「だ、大丈夫よ!ほ、ほら、寮も見えてきたじゃない!」

「それならいいけど・・・・・・」

まだ眉間に皺を寄せたままの上条は納得いかないのだろう。だが、美琴はこの落ち着かない心を落ち着かせるため必死だった。
(やっぱりまだ気づいて欲しくない・・・!)

「じゃ、じゃあもう寮だからここでいいわよ」

「でもまだ距離あるし・・・」

「もう数メートルだもん。これぐらいなら大丈夫! ありがとう」

「あ、ああ・・・」

「じゃあね」

上条の傘から離れて美琴は踵を返すと寮へと向けて駆け出した。
心臓の音がいつもより大きく身体に響く。これが今まで気づかなかった『恋』と言う感情。
全速力で駆け抜け、寮の入り口に着くと美琴はふぅと大きな溜息を吐く。自分の右手を胸にそっと置いてその音に耳を傾けた。
緊張して何言っていいのかわからなくて、でもやっぱり傍にいられたことが嬉しくて。

「何、やってるんだろ・・・・・・」

ふわふわしてるような、落ち着かない気持ちを抱えて美琴は部屋へと向かう。
階段を駆け上がるその足は今にも空へと浮き上がりそうな感覚だった。頬がまだ熱いことも自覚している。
熱い頬をぺちぺちと叩くと軽い痛みが現実だと示していた。今のは夢じゃない、現実なのだと。
きゅっと手を握り締めて美琴は階段を駆ける。
雨に濡れて最悪だと思っていた心に一筋の光が注がれていた。
その気持ちは言いようのないあたたかな気持ちを生む。

雨が降り続ける日のこと。
それは恋心をくすぐる短い時間の他愛のない話―――。





*あとがき
どこかで未来ではなく今現在の時間軸で書きたいなーって思っていました。なので、書けて満足であります。
本当は切なくてでもハッピーエンドになるような話も考えてるんですが、なかなか書けず。
とりあえず思いつく限りのほのぼのとした話とかちょっと切ない話とか書けたらなと思ってストックためてます。ぼちぼち書いていきますので、楽しんで頂ければこれ幸い。
ちなみに相合傘と言う言葉を出さなかったのはわざとです。その言葉を使わずにどこまで話が書けるかなーって思って書いたので。