眠る君に約束を

「ねぇ、少しだけ時間いいかしら?」

「ああ。どうしたんだ、アンジェ」

吃驚したと言った方が正しいのだろう、レインは思わず頷いた。
資料とにらめっこしながら机に向かっていたレインはドアのノックに気づき、どうぞと通す。そこに立っていたのはストールを羽織ったアンジェリークだったのだ。
もう夜遅いというのにまだ寝ていなかったことに驚いたのだが、何よりもその表情が曇っていることに驚く。
どうしてそんな顔をしているのだろう、レインはアンジェリークへ椅子に座るよう促した。

「で?眠れないのか?」

「少しは眠ったの。でも途中で目が覚めちゃって・・・・・・少し誰かと話がしたいなって」

「そうか・・・・・・他の奴のところには行ったのか?」

「ううん。真っ先に頭の中に浮かんだのはレインだったから。誰のところにも行ってないわ」

どうして、と首を傾げるアンジェリークにレインは内心ほっと息を吐く。
そして自分が思い浮かんだことに喜びを噛み締めないわけがなかった。

「いつもレインには助けられてばかりなのに、また頼ってしまったなって思うの」

「そんなこと気にしてたのか?オレは全然構わないぜ」

呆れ気味な視線をアンジェリークへ向け、レインは肩を透かす。
そう言うと思った、アンジェリークは小さく笑うと、ぽつり、ぽつりと言葉を口にし始めた。

「目が覚めたのはね、一人だったから」

「それは、夢がってことか?」

「ええ。夢の中で一人だけ。寂しくて色んな人の名前を呼ぶの。でも誰もいなかった」

「一人だけ、か」

「寂しい、そう思ったら目が覚めたの。窓の外は真っ暗だって気づいて、まだ夜なんだと思ったらがっかりしちゃったわ」

アンジェリークの言葉の端にあるのは寂しさと言う気持ち。
誰もが持っている感情で、時にその感情が色んなものを引き起こすことをレインは知っている。アンジェリーク自身もそれを知っているのだろう、ストールを羽織る手が俄かに力を入れていた。じっとアンジェリークを見つめていたレインは、夜の静けさの中で言葉を口にした。

「なぁ、アンジェ。約束をしようか」

「約束?」

唐突に告げられた言葉にアンジェリークは戸惑いを覚えながらも、レインの言葉を待った。レインはそう、と頷く。

「確かにまだ夜は続く。暗い闇が広がる時間だ。でも、もう一度寝てしまえばきっと朝になる」

当たり前の時の流れ。でもそれに気づかないことだってある。

「そうね」

「朝になれば太陽が街を照らす。緑も目を覚ますだろ」

「ええ」

「オレも、ニクスも、ジェイドもヒュウガも目を覚ます。もちろんエルヴィンもだ」

「そうだわ」

「明日になったら一緒に出掛けよう。太陽の光の下で大きく息を吸いながら街で買い物をしよう」

「いいわね。買い物したいわ」

「そう。だからもう一度寝よう、アンジェ。寂しい気持ちも明日の楽しみも全て抱えて眠る、それが約束だ」

寂しさを捨てるのではなく、抱えたまま楽しい気持ちと一緒になれば寂しくはない。
ずっと一緒にいるのも良い。でもそれではアンジェリークの身体に負担がかかってしまう。
何よりも寂しい気持ちは誰にでもあるのだ。
それを約束に変えて、再び穏やかな眠りにつくこと。約束と言う言葉の呪文の先にあるのは明日の光。

「約束よ、レイン」

アンジェリークは小指を差し出し、レインはその小指に自分の小指を絡める。
絡んだ指先はあたたかなぬくもりが脈打っていた。小さな動揺を隠しながらレインは微笑む。レインの笑みに気づいたアンジェリークもまた曇っていた表情に光を灯して微笑んだ。絡めた指先をそっと離し、アンジェリークはレインの瞳を見据えると「おやすみなさい」と言葉を口にして部屋を後にする。

「おやすみ、アンジェ」


夜の闇が広がる世界に、響く愛おしい人の声。
レインは小さくため息をつきながら空に浮かぶ大きな月を仰ぐ。
小指を絡めただけで、心臓が跳ねた。動揺を押し隠したけれどいつ気づかれるかもわからないなと自嘲する。

今思うのは早く明日になればいいと言うことだけ。
太陽の光を浴びて微笑むアンジェリークが見たい、それだけだ。

言葉にならない想いが胸を焦がす。
灼かれた喉がからからと鳴って、レインの頬に熱を灯していた。





*あとがき*
久しぶりにレイアン書きました。ここ最近ずっとコルダだったので。
ほのぼのにするつもりだったのに、どこかシリアスが入ってる。
おお、なぜ。なんかしんみりになってしまって(苦笑)
まだレインのみが気持ちに気づいている時です。アンジェの無自覚さはレインに同情せざるを得ません。
頑張れよ、レイン(笑)