「待って! 待ってってば、九郎さん!!」
そうして行き着いた先で望美は大きな声を出すと繋がれていた手を離す。
するりと抜けた手に気づいて九郎は望美の方へと視線を移した。
はぁ、と少しばかり肩で息をする望美を見てようやく自分がしていたことを自覚してかっと九郎の頬が赤くなった。
「どうしたの? 九郎さんらしくもない・・・・・・」
望美の頭にはクエスチョンマークばかりが並び、困惑しきった顔が九郎の瞳に映し出された。
けれど、九郎は何かを口にしようとして、言葉を言うのをためらう。
望美はどうしていいかわからず、もう一度催促するように尋ねた。
「九郎さん? どうしたんですか?」
「いや、ちょっと気になって・・・・・・」
「何が?」
「その、顔が、というか。顔色というか」
「?」
望美はますますわけがわからずじっと九郎の顔を見つめる。
九郎もどう言ってよいのかわからないせいか、言葉を探していた。
「みんなの前だと言えないのかもしれない、そう思ったから」
腕を引っ張ったんだと九郎はようやく言葉らしい言葉を口にしてため息をついた。
「俺には気を張ってるように見えたんだ。その、無理をしているように見えた」
「九郎さん・・・・・・」
「違うならそれでいい。けれど、違わないなら望美の力になりたいと思ったんだ。
いつも望美には色々と言ってもらってるし、俺も助かってると思っているから」
一つ一つ言葉を口にする九郎に望美は黙ってその言葉に耳を傾ける。
みんなには隠し通せていたと思っていた内面の焦りと不安。
それを九郎にはわかってしまった。
それが嬉しいような、反面悲しいようななんともいえない想いが胸の奥を熱くする。
見てきてしまった未来をどうしても変えたくて、時空を飛んだという事実。
自分一人にしかわからない先のこと。
「ううん、ありがとう、九郎さん」
違うよとも言い切れず、かと言って正直にその想いを口にしてしまえば今度は九郎が困惑するのは目に見えている。
そんな顔をさせたいんじゃない、私はあなたに笑って生きていて欲しいと願っているのだから。
望美はぎゅっとスカートの裾を掴んで笑って見せた。
さらさらと目の前に流れる宇治川の水面を視界に捉えると瞳を細める。
「いや、けれど大丈夫か?」
「うん、大丈夫。ちょっと疲れただけだから。寝たらまた元に戻るよ」
軽く笑って答えるとそうか、と九郎のいつもどおりの返事が返ってきた。
まだ本当のことは言えない。
また同じ未来をみたくはないから、だからこのことは自分の胸にしまう。
望美はその場に止めていた足を水面の方へと向け、歩いた。
「望美?」
九郎の訝しげな声を背にして望美はしゃがみこむとその川の水をすくいあげる。
手の隙間から零れ落ちる雫がひざにあたって気持ちいい。
「ね、気持ち良いですよ、九郎さん」
そう言って笑うとやれやれと肩を竦めた九郎が隣に同じようにしゃがみこんで水を掬い上げた。
手から零れ落ちた雫は水面の表面に反発して飛沫を上げて飛び散る。
「あぁ、気持ち良いな」
「でしょう?」
くすくすと笑って九郎を見つめると、九郎もまた笑って望美を見つめる。
今は口にはできないけれど、いつか。
あなたにそこにいて欲しいから、悲しい未来はもう見たくないから。
こんなにも焦がれてしまう答えはわかっているけれど、まだ口にはしない。
零れ落ちる雫に反映する円を描くのを見つめながら、望美は一つ小さなため息を漏らす。
決して気取られないように。
九郎の笑顔の傍で笑う自分を許して欲しいと願い乞いながら。
祈りにも似た想いを水面に託して笑っていた。
終