『私が白龍の力を使う時はね、自分の命のかけらが少しずつ消えているの。砂時計って形でそれがわかるんだ』
いつも体調が良くなさそうに見えたが、まさか自分の命を削っているとは思っていなかった、とは言えない。何となくそんな予感はどこかでしていた。身近な存在でそれがいたからだ。
自分の兄、マコトがそうだった。
なぜそんな大事なことをずっと隠していたのか。
どうして何も言ってくれなかったのか。
言いたいことはたくさんあったのに、言葉を上手く紡ぐことはできなかった。
抱き締める手を強くして華奢なゆきの身体にぬくもりを刻む。
「・・・ばかやろう」
たったのひと言。だが、そのひと言にゆきははっとした。
強く抱き締められた腕を離そうにも離せない。離したくなかった。
男の人にこんなに強く抱き締められたのは初めてでドキドキしているのに、そのドキドキが身体全身に脈打つ。ずっと独りで抱えていたものを今この瞬間にチナミと共有している、それが申し訳ない気持ちと同時にどこかで歓びを感じていた。
「ごめんね・・・チナミくん」
ただ謝ることしかできない。ただ、抱き締める手に力を入れて返すことしか出来ない。
こんな自分でごめんなさい、こんな大事なこと言えなくてごめんなさい。
もっと怒ると思ってたのだ、いつものように苛々を何かにぶつけるように言うのかと思っていた。
でもそれは違っていた。
内なる怒りを自分の中に押し込めるようにその苛立ちを何かで包み込むように。小さな音が紡いだのはそのひと言だったようにゆきには思えて仕方なかった。
「ごめん・・・・・・」
ぎゅっと抱き締めていた手が何かを堪えるように強くなる。痛いとか言うよりも先に、謝ることしかできなくて。
「ゆきは、馬鹿だ・・・・・・」
「うん」
「でも、それに気づかなかったオレはもっと馬鹿だ」
「え?」
ふいに顔を上げようとしたところでチナミに阻止された。そのまま胸に額を押し付けてゆきは「何で?」と尋ねる。
どうして自分のことでチナミ自身が苛立っているのか。
「いつも隣にいたのにちっとも気づかないなんて、馬鹿としか言えないだろ?」
「でも、それは・・・」
「いつもお前を守ってるつもりでいた。でも・・・それは違ったんだよな」
「チナミくん・・・・・・」
「オレが、お前に守られてた・・・・・・情けないとしか言えないだろ」
「そんなこと・・・っ」
再び顔を上げようとしたゆきをチナミは阻む。今の自分を見られたくないのだろうことはゆきにもわかった。自分の苦しみを分け与えてしまった、それがゆきの胸をぎゅっと締め付ける。ごめんなさい、しか言えない自分。一瞬でも歓びを感じた自分はバカだと叱咤する。
たくさんの大切な人たちが自分の目の前で消えていったあの日。自分の命を削ってでも助けたかった。
何よりも、あの背中をもう見たくなかった。
チナミのなんとも言えない、あの背中を。
「私、いつもチナミくんに助けられてばかりだったよ。いつもそう。だからそんな悲しいこと言わないで・・・・・・」
くぐもった声で告げたゆきの言葉にチナミは小さな息を吐いた。今にも泣きそうな声はチナミの胸を打つ。
何で自分のことでこんなに必死になっているのかと感じてはいけない錯覚を覚えてしまう。
いつの間にか芽生えていたその感情はチナミの心を揺さぶっていた。
「ゆき・・・・・・」
「私、チナミくんがいたからここまでやってこれたんだよ。チナミくんがいつも傍にいてくれたから辛くなかった」
ぎゅっと背中に回した手を握り締めてゆきは自分の想いを唇で紡ぐ。どうか伝わって欲しい、この想いを。誤解しないで欲しい、自分の気持ちを。あなたがいたからここまで来れたこと、これからも歩いていけること、諦めないでいられること、上手く言葉にできないけれど、この気持ちだけは伝わって欲しいと願うから。
「ゆきは・・・・・・ゆきは、その砂時計を使うことを躊躇わないんだろ?」
「うん・・・・・・大切な人を守るためなら、躊躇わない」
強い意志がそう答える。きっと自分が止めても無駄なことはわかっていたが、それでもやはり言葉を口にされると酷く切ない気持ちが胸の奥を突き刺す。でもゆきらしい言葉でもあった。
ゆきがそう願うのなら、自分がやるべきことは一つ。
「オレはお前の傍でずっと支えててやる」
「チナミくん・・・・・・」
「だから辛いとかきつくなったらオレに言ってくれ。できることは限られるかもしれないけど、オレにも何かできることはあるかもしれないから」
その役目を変わってあげることは出来ない、少しでも心の負担を軽くすることは出来るのではないか、それがチナミの答えだった。ちっぽけな力かもしれない、でも確実に何かできることをしたいとチナミは思う。たとえ力不足な自分だとしても。
強く抱き締めていた手を緩めて、チナミはゆきへと視線を向けた。ゆきもまたチナミを見上げて見つめる。
瞳の奥には強い意志がある。こんなゆきを止めることなんて自分にはできなかった。
強い意志を持つ瞳には自分とて覚えがあるから。
「チナミくんがいれば、私怖いことなんてないよ」
笑う少女の笑みにチナミは願う。
どうか、もっと強い力が欲しいと。この少女の笑顔を守れるくらいに強い力が欲しいと切実に願う。
夜更けの月明かりの下でチナミは誓う。
一緒に生きていける力強さを。
添って歩いていけるようにと胸に強く強く願っていた。
終