『俺は常世の国を変える。得体の知れぬ病に蝕まれていく、あの国を―――』
決意に満ちた瞳の奥にある熱き想いを口にしたあの日。
まさかそれを誰かに話すなど考えてもいなかった、そうアシュヴィンは思う。
「不思議な奴だ、そう思ったんだ」
「何それ。それって変わり者ってこと?」
眉間に皺を寄せて隣に座り、短い髪の毛がさらさらと風に揺れるのを見つめる少女、千尋だった。
千尋の言葉にアシュヴィンはいいや、と苦笑いを浮かべる。
「そうじゃない。俺の中で知っている女の姿とはまた違った奴だということだ」
「結局変わってるってことじゃないの?」
「そうは言ってないだろ」
「ふーん」
まぁ、いいけど、千尋は呟いて堅庭から空を仰いだ。
熊野に停泊する天鳥船は静かに帆を休め、緑茂る大地に佇む。
空を仰ぐ千尋に気づいて隣に腰を据えたのは他でもなくアシュヴィンだ。
「お前なら話しても良いと思ったんだ。・・・・・・不思議だな、そんなことを思った自分にも驚いた」
「何のこと?」
「常世を変えると言った時のことだ」
「ああ、あれ・・・・・・」
千尋も思い出したのだろう。
「あの時かぁ。さほど時間は経ってないのに、遠い昔の記憶のように感じるね」
あっという間に過ぎてゆく時間。だからこそ、刻一刻を争う。
そうしている間にも人は死にゆくのだ、あの常世の国は。荒れ果てた大地に作物は大して実らない。
皆苦しい生活を強いられている。
苦しんでいる人たちがいる、だからこそ変えたいと強く願った。
あの黒い太陽が現れて以来、ずっと。
「何が本当で何が嘘なのかわからなくなる・・・・・・そう私が言ったの覚えてる?」
「ああ。覚えているさ」
「今もまだわからない。それって先頭に立つものとして失格?」
迷いもある、わからないことなんて沢山で、真実を求めて歩き続ける。
少しずつわかってきているもの、まだわからないもの、答えは一つじゃない。
「いいや。迷うからこそ見えてくる本当の答えがあるだろう」
アシュヴィンの言葉に千尋はほっと息を吐いた。
同じような立場であるアシュヴィンだからこそ、言葉に頷ける。
前を見て歩こう、そう背中を押してもらえたような気がした。
「不思議だね。アシュヴィンの言葉は私の中にすとんって入ってくる。ありがとう」
はにかむ笑顔に一瞬突かれたのはアシュヴィンの方。一瞬だけ、見惚れた、その笑顔に。
表情を隠してアシュヴィンは言葉を継ぐ。
「お礼を言うのは俺のほうだ。お前の考えには驚いてばかりだがな」
「何、それは変だってこと?」
「そんなこと誰も言ってないだろう」
「言った。言ったも同然」
「変なとこ曲がった解釈するな、お前は」
あーでもない、こーでもない、言い合いながら千尋にもアシュヴィンにも笑顔が灯る。
笹百合を金色の髪の毛に挿したあの日、少しだけその指先が熱かったのをアシュヴィンは覚えている。
蒼の瞳が見据える先がどんなに困難でも、肩に掛かる重さに耐えかねてもきっとこの少女は未来を見続けるだろう。
笹百合が微笑む。
白い花びらが空へと誘う。
だからこそ祈る。
あの荒れ果てた常世の大地を再び緑に埋め尽くされることを。
願わくばこの少女と共にあれば嬉しいと思った。
そんな自分に驚いてアシュヴィンは小さく笑う。
傍らの少女の笑顔と共に、変革の担い手となること、それが今の願い。
白い百合が咲くあの地で交わした言葉と共に願いは更に膨らんだ。
空は青い。
日の照らす大地に緑を求め、人々の笑顔を求め、アシュヴィンは戦う。
笹百合の似合う少女と共に。
終