恋愛注意報発令中。
その警鐘が鳴ったのは気持ちが少しだけ変化したから。
『明日、お迎えにあがります』
そう言って微笑んだのは夜半のこと。布都彦の住む村で催される祭りに行きませんかと問われた日の出来事だった。
中つ国の中でも比較的大きな村の祭りだというそれに興味を示した、千尋の言葉を覚えていた布都彦が千尋へと言葉を掛けた。
「え?明日お祭りがあるの?」
「ええ。以前姫が興味を示されてました村の祭りです」
「あ、あれかぁ。いいなー、私も行きたいなー」
ちらりと千尋は傍で立っている風早へと視線を向けた。
風早は最初気づかないふりをしていたものの、千尋の視線に気づかざるを得ない状況となり、一つため息を吐く。
「千尋、明日は、」
「今あるこの仕事頑張るから、明日はこっそり視察ってことで行っちゃダメ?」
「視察・・・ですか。視察ですと、」
「こっそりお忍びはダメだって言うんでしょ?」
ぷぅ、と千尋は頬を膨らませる。布都彦は苦笑いを浮かべて風早と千尋を交互に見比べた。
「護衛の者がいなくてはいけませんよ、千尋」
「それは布都彦にお願いするもの。ね、布都彦?」
「え、は、はい!必ずこの身に代えても姫をお守りいたします」
「ほら。ダメですか、忍人さん」
風早同様、関わりたくないというオーラを出して視線を逸らしていた忍人もまた千尋の声に囚われる。
「・・・・・・私は知らん。風早に任せる」
千尋が言い出したら聞かないことは誰もが知る事実だ。余計に関わりたくないと言う雰囲気が漂う。
一人、除いては。
「いいじゃありませんか、風早」
「柊、それでは・・・・・・」
「視察をすると言うのはこの国を知るということです。姫はもっとこの国のことを知った方が良いでしょう。
幸いにも布都彦が護衛をしてくれると言うのでしたら問題ないと私は思いますが?」
「柊!」
千尋は思わぬ助け舟に喜びの笑顔を振りまいて、もう一度風早へと視線を移した。
やれやれと肩を竦める風早は小さくため息を吐く。
「わかりました・・・そうしましたら、必ず千尋を守ってくださいね、布都彦」
「承知しました。必ずや姫をお守り致します」
「千尋も、あまりはしゃぎすぎて皆にばれないようお願いします」
「はーい!」
そうと決まれば、千尋は目の前にある仕事に取り掛かった。
千尋のやる気を見て苦笑いを浮かべたのは誰でもない、布都彦だった。
「ん〜! じゃあこれでいいかな?」
案を出し合っての国政事業。風早、柊、忍人は頷いて答える。
「まぁ、悪くない。この方針で行こう」
「そうですね。骨子はこんなもので宜しいかと」
「うん。それじゃあ千尋、今日はここまでにしましょう」
そう言って三人はぞろぞろと部屋を出て行く。布都彦は三人の背中をぼんやりと見送ると千尋へと向きなおした。
「姫、明日・・・・・・」
言いかけた言葉が止まったのは揺らめく灯が映す千尋の横顔が艶やかに見えたから。
布都彦は思わず口を噤む。
見たことのない千尋の一面を見つけ、布都彦は息を呑んだ。
「ん?何、どうしたの?布都彦」
「え・・・・・・あ、いえ・・・何でも、ありません」
「ふーん?それより明日はどうしようっか?」
「え、あ・・・そうですね」
布都彦は思考を戻して小さく息を吐いた。
何やっているのだ、自分は。
何を動揺しているのだ。
しっかりしろ、布都彦。
小さく刻みだした胸の音を落ち着かせるべく自分に言い聞かせて明日の予定を頭で組み立て始める。
さすがに頭がはっきりと動き出した分、布都彦は少しずつ冷静さを取り戻し始めた。
「明日、戌の刻はいかがでしょう?」
布都彦は千尋へと問い、千尋は「うん」と頷いた。
「じゃあ、明日楽しみにしてるね」
千尋の声に頷きながら布都彦は部屋端に置いていた矛を持ち上げ、では、と踵を返す。布都彦は部屋の出口まで歩みを進めると振り返って千尋を見つめて言葉を口にした。
「では、姫。明日、お迎えにあがります」
刹那、微笑んだ布都彦に千尋は息を呑む。
ただいつもどおり笑っただけだと言うのに、どうしてその笑顔に胸がこと、と鳴ったのか。
何、やってるの、私。
ぎゅっと胸元の服をかき集めて千尋は掴む。
どきどきと早くなる鼓動に千尋は瞳を閉じ、もう一度息を飲み込んだ。
「私・・・・・・?」
わけがわからなくて戸惑う気持ちが千尋の中から少しずつ溢れ出す。
「わけわかんない・・・・・・」
高鳴る鼓動と、不意に蘇る笑顔と。
明日どうしよう。
そればかり考えて千尋は一人頭を抱えていた。
動き出した気持ちと、戸惑いと。
恋愛注意報発令中。
二人の気持ちが寄り添う日はいつのことなのか。
誰にもわからない。
終