夢を見た。
暗い闇の中で誰を呼んでも返事をしてくれない夢。
悲しかったし、辛かった。
あの時の狭間の中にいた時のようだと妙なデジャヴを覚えた瞬間、目が覚めた。
はぁと肩で息をするとゆっくりと起き上がり、褥のまま何も羽織らず部屋の外に出る。
うっすらと月が見えている。そう言えば今日は朧月夜だと譲が言っていたかもしれないと望美は昨晩のことを思い出していた。
どれくらいぼうっと月を眺めていたのだろう。
「望美」、と自分の名前を呼ばれたことに驚いて思わず振り返ると、そこに立っていたのは九郎だった。
「九郎さん・・・・・・」
「やっと気づいたか。何やってるんだ、こんな夜更けに」
「何となく月を眺めてました」
ぼーっと月を眺めていると何となく落ち着くような気がして。
「九郎さんこそ何やってるんですか?」
「俺は、何となく・・・眠れなくてだな、少し歩こうかと思っていたらお前の姿を見つけた」
「なるほど・・・・・・」
ゆっくりと再び夜空に浮かぶ月へと望美の視線は移る。
欠けている白い月はぼんやりと闇夜を照らしていた。
月を見つめる望美に九郎は左の手をぎゅっと強く握り締める。
望美の横顔がいつもと違ってとても儚げに見えたのだ。今にもここからいなくなりそうで、頼りなくて。
そんな望美を見るのは正直初めてだった。
「望美」
一言、名前を呼ぶと九郎は華奢な体を抱き寄せた。
驚いたのは望美の方。
「く、九郎さん?」
「・・・なんて顔、してるんだ・・・・・・!」
「え?」
九郎の言葉に望美は大きく目を開ける。
「何で、そんな顔・・・・・・何がお前にそんな顔をさせるんだ?」
「九郎さん・・・・・・」
「言っておくが何でもない、はないからな」
最初に釘を刺されて望美は苦笑いを浮かべる。どうしてこの人にはわかっちゃうんだろう。
言うかどうか、少し迷いながらも望美はぽつり、ぽつり言葉を口にし始めた。
見ていた夢を。
自分の中にある不安を。
「夢をね、見てたんです」
「夢をか?」
「暗いところに一人でいる夢。こっちが呼んでるのに誰も返してくれない、そんな夢」
その夢の続きにはもう一つある。
あの時の、九郎の顔だ。
『お前に俺の運命を預けた』
そう笑って地下牢で別れたあの時の顔が暗闇の中にあった。
待って、九郎さん。
そう叫んでも九郎に追いつけず、はっと気づけば見慣れた天井があることにひどく安堵したのを覚えている。
汗ばんだ褥、冷たい雫が望美の額から零れ落ちた。
「たった一人で、」
淋しかった、口にする前に九郎の手がぎゅっと望美の体を抱きしめる。
その腕があまりにやさしくて、力強くて、思わず瞳から大きな雫が零れ落ちた。
このぬくもりを忘れたくなかった。
もう一人になんてしたくなかった。
ぐす、と鼻を鳴らして望美は涙を抑えようと必死だった。
「もういい。言うな」
「くろ・・・さん・・・・・・」
「泣きたいなら泣け。我慢する方が辛い」
「九郎、さん・・・・・・」
ぽろぽろと止め処なく零れ落ちる雫は望美の不安を洗い流すようだった。
落ち着くところを知らない涙。
広がる不安。
怖かった。
また九郎を失ってしまうかもしれないと思っている自分が。
自分が選んだ運命は間違ってない、そう思っているのにいつだって不安だった。
この腕を失いたくない。
生きて、傍にいて欲しい。
「俺はここにいる。お前が心配するようなことは何もない」
だから、もう休め。
九郎は望美の耳元で囁いた。
いつもまっすぐ前を向いて、不安なんてなさそうな強い眼差しを持つ神子。
だが、一方で何か脆い部分を持っていることを九郎は知っている。
時折、このように儚げで頼りない表情を見せることが垣間見えることは九郎も気づいていた。
何がそのような表情をさせるのか。
自分では頼りにならないのか。
ふいに脳裏に浮かんだ自分の言葉に九郎は驚いた。
望美に、自分は頼って欲しいのか。
それに気づいた九郎はほっと小さな息を吐く。ああ、そうかと一人納得しながらゆっくりと抱きしめていた腕を緩めた。
「夜は寒い。お前の体が冷えるだけだ。部屋に戻って寝ろ」
「・・・そう、ですね」
「また何か不安になったら俺のところに来い。話ならいつでも聞く」
「九郎さん・・・・・・」
「わかったか?」
「はい。わかりました」
じゃあ、もう部屋に戻りますね。赤くなった瞳を擦って望美はくるりと踵を返すと部屋へと足を向けて歩き始める。
九郎はその背中を見つめながら小さく息を吐いた。
少女の小さな背はあまりに脆くて。
一瞬抱きしめた時、壊れてしまうのではないかと思うくらいに細かった。
眼差しは勇ましいものの、体は女性なのだと九郎は気づく。
「お前は・・・何を思って泣いていたんだ?」
九郎の言葉を返すはずの望美はもういない。
一人夜の闇に呟いた言の葉は静かに溶けて消えてゆく。
朧月夜を見つめながら、九郎はもう一度小さくため息を吐いていた。
終