もしも私に運命が変えられたのなら

もしも私に運命が変えられたのなら、あの日に戻りたいとどれだけ願ったか。
それすら叶わない自分に何度辟易したか数え切れなかった。








空を仰いで一人その青を仰ぐ。
決して戻ることが出来ない時間、酷くもどかしくて苦しくて仕方なかった。
でもその理由を知り、激しく動揺もしたけれど今となっては過去の話でもあった。

「私ね、あの頃は苦しくて仕方なかったの」

庭先で遊ぶ黒髪の少年を見つめながら隣でお茶に口つける彼へと呟いた。
彼は何も言わずただ黙って耳を傾ける。

「あの人がいなくなったことを認める認めないよりも、どうしてこうなってしまったのだろうって」

一つ瞼を伏せるとゆっくりと双眸を開いた。
あの時になかった穏やかな時間。

「これが私の運命だとしたのなら、変えたかった」

「・・・・・・そうですか」

「運命が変えられたのなら、あの幸せな日々に戻したかったと何度も思ったわ」

「そうでしょうね」

彼は頷く。私は一つ頷くと言葉を続けた。

「でもね、望美に出会って、あの子が残してくれたものはたくさんあった。還ってしまったけれど、あの子に感謝してもしきれないわ」

「そうですね。望美さんはすごい人だ」

「そうね。あの子はいつから、あなたのことを知っていたの?」

穏やかな眼差しが彼の視線を捕らえ、彼はゆっくり息を吐き出すと言葉を紡ぐ。

「・・・・・・正直な話私にもわかりません。ですが、あの日のことは覚えていますよ。
『弁慶さん、黒龍のことで話があるんです』、と神妙な面持ちで私のことを見ていました。
意表をつかれるとはこういうことを言うのだなとぼんやりと麻痺した頭がそう思っていたのを覚えています」

彼―――武蔵坊弁慶はその懐かしい過去へと想いを馳せた。
繕うことを忘れた自分の表情が目に見えるようだった。

「『私、知ってるんです』最初にそう言いました。何を、と問うとどうして京がこんな状態になったのか、と。
でもそのことを責めてるんじゃないんですと付け加えた上で、今一番どうしたいですかと逆に尋ねられました」

あぁ、やられたとこの時の弁慶は思ったのだと言う。
そうして望美と一緒に現れた弁慶に全ての話を聞いたのはそれからすぐのことだった。
最初はどうして、と涙したこともあったが、今では過去のこと。

「すみませんでした。何度も謝ろうと思ったのですが、僕にはそんな勇気さえなかった。臆病でどうしようもない」

苦笑いを浮かべ、そして一つため息をつく。
そんな弁慶を見てかける言葉もなかった。
どう言えばいいのかなんてわからない。

「そうね、話を聞いたときは苦しかったわ。憎いと思ったのも事実よ。
でもそれであの人は帰って来ないのもわかっていた。だから余計に黒龍に会えた時は嬉しかった」

庭先で遊ぶ少年はちょうちょを追って走り回っていた。
飛んだり、そっと近づいたり、無邪気な姿を目を細めて見つめる。

「嬉しかったけれどその時間は短くて悲しくて。でも彼は帰ってきた。どんな形であれ私は嬉しい」

少し涙ぐんだ瞳を隠すこともせずただ少年を見つめて追うだけ。
そんな瞳に触れたのは弁慶だった。
驚いてまじまじとその顔を見つめる。少しだけ痛々しげな笑顔がそこにはあった。

「余計なことだとわかっていますけど・・・・・・あなたに涙は似合いませんよ」

「そうかしら?」

「ええ、あなたはいつでも笑顔でいてください。景時もそう思っているはずです」

「・・・・・・兄上にはずいぶん心配させてしまったわね」

「僕が言うことではありませんが、あなたには幸せになってほしいと願っているはずですよ。
その幸せを一度壊した僕が言ってはいけないとは思いますが、そう思います」

「・・・・・・ありがとう」

ずるい人だと思う。素直になれない人なのだと言うこともわかってはいるけれど。

「あなたはずるいわ」

「知っていますよ」

ざわっと風が揺らぐ。髪の毛が揺れ、花飾りもまた揺れていた。

「これは運命を変えたってことなのかしら」

ぽつりと呟いた言葉に一瞬だけ目を見張る弁慶の姿が見えた。
あぁ、とやや間をおいて頷く。

「そうですね。そうだと思いますよ」

そう弁慶が笑った瞬間にその声は響き渡る。

「あー!べんけいがさくをなかした!」

「「え?」」

互いに瞳を見遣ると瞬きを繰り返し、そして少年へと視線を移す。

「さくをなかすな!ぼくがまもるんだ!」

やれやれと弁慶は肩を竦めそして苦笑いで私を見つめる。

「だ、そうですよ」

「じゃあ守ってもらわなきゃね」

「これでは敵いませんね」

弁慶殿の呟いた言葉の後に私が笑うと弁慶殿もまた笑った。
今では許せるから、だからその笑顔を受け入れる。



ねぇ、望美。
あなたが置いていってくれたものはとても大きいわ。

胸の奥で親友へと問いかけるもそれに答えが返ってくることなどない。
だが、こみ上げる幸せを噛みしめてゆっくりと自分の前に立つ少年の頭を撫でていた。



もしも私に運命が変えられたのならと、願った日々はもうここにはない。










*あとがき*
朔EDの弁慶と朔の姿と言ってもいいかも。
後々に二人は互いのことを気にするようになる予定(私の中では)
ちゃんと話せるようになることを切実に希望です、ええ。
なんか縁側のじーちゃんとばーちゃんのような会話ですなぁ(失礼)