1. いつも真っ直ぐな
その瞳の先にあるものは何ですか、そう問いたいなと思ってもなかなか口には出せない。ただ、あなたの眼差しを追うだけ。そのまっすぐな瞳は何よりも純粋さを映し出す。
その瞳にいつか私が映っていればいいなと願って。
「ねぇ九郎さん」
「何だ?」
優しい眼差しを独り占めしたいの。
ワガママだってわかってるけど、私のひそやかな願い。
2. 花弁(はなびら)舞って
ふわりと舞った桜の花びらをすっと断つ。
ぱらりと二つに割れた花びらを見つめながら私は桜並木を仰いだ。
遠くを見つめながら桜の花吹雪が光を灯す。
その先にいたのは彼。
「望美っ」
私の名前を呼んでる声が耳に届いて顔を綻ばせた。
あなたに名前を呼んでもらえるのが大好きだから。
舞う花びらから垣間見えるあなたの顔を見つめて私は笑う。
迎えた三度目の春に、今度こそあなたの生きる道をと願って。
もう絶対に離したりなんてしないの。
舞う花びらを見つめながら誓う春のこと。
3. 終戦が意味するもの
戦いが終わること、それがどんな意味を持つかなんて考えてもいなかった。
「刀のない九郎というのは想像できませんね」
苦笑いを浮かべてかの軍師は言う。私もまた苦笑いで返した。
「でも、何よりも平和を願っていますよ、九郎さんは」
「ええ。だからこそ不器用なのです」
でも、それがまた九郎らしくて僕は好きですけどね、なんて言う。
らしい言葉に思わずくすっと笑みを漏らした。
私は九郎さんが生きてくれればそれでいいと思っていた。
けれど、その先のことなんて考えていなくて。
「戦いが終わってから考えます。九郎さんの生きる道」
「ええ。そうですね」
一緒に考えていければいい。平和になったら、それこそ刀を捨てることも。
けれどあの人は、九郎さんは刀を捨てられるかどうかわからない。
剣だけを頼りに生きてきた人だから。
でも。
「九郎さんはそれでも見つけると思うんです、生きる道を」
「それは同感ですよ」
九郎さんが願っていた道を歩いていきたいと願っているから。
4. 一度しか言わない
「いいか、一度しか言わないぞ」
「はい」
「おれは、お前のことが・・・・・・」
言いかけたところで、九郎さんは口を噤む。私は思わず首を傾げて眉間に皴を寄せた。
「どうしたんですか?九郎さん」
黙っていた九郎さんが突然すたすたと私の後ろを通り過ぎて、がらりと障子を開ける。
するとそこに現れたのは弁慶さん、景時さん、朔の三人。
「や、やぁ〜九郎」
「あ、あら・・・・・・」
「僕達に構わず続きをどうぞ」
しらっと言う弁慶さんに九郎さんの顔はますます赤くなる。
私もまた聴かれてたのかと思ったら恥ずかしくて俄かに頬を染めた。
「お前ら〜〜〜〜〜っ!!」
九郎さんの声と同時に一目散に逃げた三人の後姿を見つめて私は笑う。
開けた障子の前に立っている九郎さんの背中を抱きしめて私は問いかけた。
「ね?」
そういう私を見つめて一人苦笑いを浮かべる九郎さんはそっと顔を近づけた。
耳元で囁くのは甘い言葉。
一度だけしか言わないといった彼の想いが耳の奥に響いて私は頷く。
「私も、大好き」
小さな声で呟いた。
5. 可愛い人
『かわいい』なんて言ったらいつもそっぽを向くから言わないようにはしているけれど。
でもやっぱり言っちゃう時はあるもので、その日もまた思わず口を滑らした。
単にその仕草が、とそう思っただけなのに。
「かわいー、九郎さん」
くすくすと笑って言うとその笑みは止まる。
あ、しまったと思ったときには遅かった。
「へぇ。そうか」
かわいい、ねぇと口の端をひくつかせてじりじりと滲み寄る。
私は嫌な汗を背中に感じながら一歩、また一歩と後ろへ下がった。
「男にかわいいはないだろうが」
「や、でも、ねぇ」
苦笑いで返すと私の腕は囚われ、そして背中には壁がぶつかる。
「おまえの方がかわいいな」
そう言ってその腕を囚われたまま私は唇を奪われる。
口は災いの元とは言うけれど、本当にそうだと身をもって知ることになるのだった。
6. 無自覚な距離
「あなた達の距離って見ていて時々微笑ましいと思うわ」
朔が私の髪の毛を梳きながら言う。
私は何で、と尋ねると朔はふふっと笑ってその櫛を動かした。
「なんて言うのかしら。傍にいられる距離って言うのかしらね。とても自然なんだもの」
考えたこともない答えに望美はなんて返せばいいのかわからず、言葉に詰まった。
「そ、そう?」
「ええ。少し、羨ましいわ」
二人よりそっていける距離がとても、と朔は言い加えて、私は何も言えずにいた。
朔は思い出しているのだろう、自分の想い人を。
そう考えると傍にいられるというのは幸せなのだろうと痛感する。
いつもとなりで歩いていける距離、それは無自覚ゆえの幸せの証。
7. 張り詰めた糸
ぴんと張る糸のようにその空気は冷えてゆく。
その場所を訪れた時、何とも言えぬ緊張した空気に包まれた。
囚われの身となった自分。頼朝のために舞えと命令されたこと。
嫌だと言ってもそれは行われるのだと言われた、だから私は願う。
あなたに生きてと。
どこにいても、たとえその身が滅びようともあなたをずっと想っていると。
すっと扇子を持つ指に緊張感が走った。
ぴんと張り詰めた糸のように。これを舞えばどうなることも解っていて私はその足を動かした。
二度も死に目に会えずあなたと別れてしまったこと。
だからこそ生きて欲しいと誰よりも願ったから。
あなたが好き。
愛しいと想うのはあなただけ。
だから、生きて、生きて、生き抜いて。
8. 似合わぬ言葉
お転婆だからいつだって言われてきたけれど。
でもそんな私でもあなたは許してくれた。
最初は文句ばっかりだったけれど、でも何も言わずにいてくれた。
せめてと言われたのは身体に傷などつけるなと言われただけ。
甘い言葉なんて似合わないけれど、でも私だって言いたくなる時がある。
あなたの膝の上に座って私は顔を上げて笑うとあなたもまた笑って。
「九郎さんがいるだけで幸せなの」
大好きだよ、と伝えて顔を真っ赤にさせる九郎さんは私の頬に自分の頬を重ねる。
「俺もお前と出会えて幸せだ」
二人でらしくない言葉を呟いて、笑い合った。
小さな幸せを感じる歓びがここにはある。
9. 放って置けない
「だったらいいじゃない!私なんか放っておけばいい!」
「馬鹿っ!お前を放っておくことなどできるか!」
二人して言い合ってどちらも譲らなかった。
前線に立つと言ってる私にそれを反対する九郎さん。
私はあなたを守りたいから、だから前に立って戦いたいの。
強情だって解ってるけど、でもあなたの背中を守りたいと思うから。
「放っておくことなどできぬ。・・・・・・だったら傍にいろ」
荒らげていた語気を弱めて言った九郎さんの言葉に私もまた素直に応じた。
「・・・・・・わかった」
それだけで通じる想いがあること。
背中合わせの想いに触れた瞬間のヒトコマ。
10. 今望むものは
隣で眠る九郎さんを見つめて、私はくすっと笑みを漏らした。
柔らかなシーツの海に二人、身を沈めて更けていく夜を見つめていた。
たまたま目を覚まして窓の外を見つめるとそこは星が垣間見える。
京で見た星空はあまりに多すぎて何がなんだかわからなかったけれど。
「・・・・・・望美?」
眠っていたはずの瞳を開いて九郎さんは私の肩に回した手を引き寄せる。
視線を九郎さんへと戻してじっと見つめていた。
「起きちゃった?」
「いや、起きていた」
「何だ」
「・・・・・・・どうしたんだ?」
いつにない優しい眼差しで私を見つめて、それがすごく恥ずかしくて。
頬を染めるけれど、闇夜の中だからと平静を装う。
「何でもない」
「・・・ふーん」
抱き寄せる手に力が入ってぎゅっと抱きしめられる。
今望むものはたくさんあるけれど、口にしたら叶わないような気がして口を噤んだ。
この手を離すことなく共に生きていられますように。
終