あの笑顔だけは失いたくない。
それが独りよがりな願いだと言うことをわかっていて、選択した道だった。
『那岐・・・!ねぇ、那岐っ!』
泣き叫ぶ千尋の言葉を背にぎゅっと唇を噛み締めたあの日。
わかっていたことだ。玉を奪い、玉座に居座り、一人でその力に抗うなど無駄なことだと。
わかっていて選択した。
もう苦しむ千尋の姿を見たくなくて、突き放したのに。
目の前にいる少女の後姿は何なのか。
「那岐、私諦めないんだから」
「千尋・・・・・・」
「私の分も全部一人で背負おうとしたでしょ? そんなの間違ってる」
「間違ってるって、千尋、」
「私、嫌なの」
「は?」
「那岐が苦しむの見たくない。一人で戦って、私の知らないところでいなくなるのは嫌」
「千尋・・・・・・」
「那岐が言っても私絶対に戻らないんだから。言ったでしょ。私は那岐のことが好きだって」
きっぱりと言葉にされた気持ちに那岐が動揺しないわけがなく。
言い出したらきかないことくらい幼い頃から知っていたのに。
失念していた、那岐は苦笑いをこぼす。
「だそうですよ。千尋は言い出したらきかないでしょう、那岐」
風早に更なる追い討ちの言葉を掛けられ、那岐の口はへの字に曲げられる。
ったく、どいつもこいつも。
「・・・・・・育て方間違えたんじゃないの」
「ひどいなぁ。俺のお育てした姫に間違いはないですよ」
「どうだか」
肩を透かして那岐は答えた。一つ息を吐いて千尋の背中を見つめる。
「・・・・・・わかったよ、好きにすれば。ただし、僕の後ろに下がること、それが条件」
「ホント?」
振り向き、笑みがこぼれる。この笑顔にいつも負けていたな、と那岐は思い出した。
あの地にいた時も、こちらに戻ってきた時も、いつもそうだった。
傍らにあるこの笑顔を守りたい。
いつからそう思っていたのだろうか、きっと隣にいた時から思っていたこと。
巻き込みたくなくて、いつも突き放すのに、気づけばいつも隣にいる。
「千尋、行くよ」
「うん!」
失いたくない人。
だからこそ変えたい今。
未来をこの手に掴むため、あの禍日神、黒龍に立ち向かう。
那岐はキッと黒龍を見据えて勾玉を手に握ると言の葉を紡いだ。
未来に繋がる言霊を。
綴る唇に祈りを込めて―――。
終