それはとても澄んだ音色で、思わず布都彦は歩んでいたはずの足が止まっていることに気づいた。
微かに聞こえる柔らかな音。
惹かれるようにその音色に導かれるまま歩き出すとそこにいたのは金髪の少女の後姿だった。
ああ、姫の声だったのか。
納得すると同時に愛おしさで胸がいっぱいになる。
透き通るような声に耳を傾け、布都彦はその余韻に浸っていた。
まぶたを閉じて布都彦はその夢見心地な世界を閉じた瞳の奥で感じ、ただただその世界が優しいことを願う。
「布都彦?」
突然、歌が止むと布都彦の目の前に少女が立ちはだかっていた。
「ひ、姫」
「びっくりした。誰かいる気配がするなーって思ったら布都彦がいるんだもん」
「すみません。つい、その歌声に惹かれて・・・・・・」
「私の歌声?やだ、ちっとも上手くないから申し訳ないんだけど」
多分、姉様の方が良い声だったと思うんだよねと姫――千尋は呟いた。
「一ノ姫は歌が上手かったのですか?」
「姉様は何でもできたよ。私の憧れ」
うーんと腕を伸ばして千尋は空を仰ぐ。
気持ち良さそうに鳥が高く飛び立つのが布都彦の瞳に映った。
「先ほど歌っていた歌は?」
「ああ、あれ?私もうろ覚えなんだけど、姉様がよく歌ってた歌、だったと思う。よく心細い夜に歌ってくれてたんだ」
「一ノ姫が・・・・・・」
「何となく覚えてるもんだよね。ちょっとだけ歌詞が出てきたらするするって出てくるんだもん」
感心しちゃったと笑う千尋に布都彦は小さく笑った。
千尋の幼き思い出の一つであり、優しい記憶の一つ。
それは自分にも似たような思い出があるからこそ、千尋が言うことも解るような気がして。
「わかります。歌ではありませんが、兄上とのことは覚えているものも多い」
「そっか・・・・・・」
千尋も布都彦もゆっくりと空を仰いだ。
白い雲が静かに風に揺られるのを目を細くして見上げる。
「姫」
「なぁに?」
「もう一度歌ってはいただけませんか?」
「今の歌を?」
「はい。とても心地良かったものですから・・・・・・」
布都彦の願いに千尋は恥ずかしそうに頬を紅く染めながら「布都彦の願いなら、いいよ」と呟いた。
「布都彦が私にお願いすることってあまりないから、特別」
そう言って息を吸い込むと千尋は旋律を奏でる。
遠く広がる青い空へ向けて、古の詩を柔らかに歌っていた。
その旋律に布都彦は再び瞳を閉じて聞き惚れる。
緩やかに奏でる音色は優しき記憶。
古の詩は心地良く触れる祈りの歌―――。
終